第二節 クーデター計画 1
旧時代のシェルターを改修した地下作戦室に、電子音の残響が消えると、静けさが戻った。ホログラフィック・マップが淡く浮かび上がるその中央には、〈ノー・エッジ〉のコアメンバーたちが朝の情報共有のために集まっていた。
レオとミナトも円卓の一角に席を取り、深い沈黙の中に身を置いていた。
最初に口を開いたのは、まだ若さを残す境界人の一人だった。低く、だが緊張を帯びた声が、静まり返った空間に響いた。
「……報告です。トランス・ウルトラ・ヒューマンが支配する矢波山市で、機械人類との交戦が発生しました。結果、機械人類が勝利し、そのまま州陸軍矢波山駐屯地に突入。駐屯地を占拠したとのことです」
ざわり、と空気がわずかに揺れた。誰も声を上げないまま、その情報の重みを噛みしめるように沈黙が流れる。
「俺からも似たような報告がある」
別のメンバーが続けた。顔は険しく、掌には未整理のデータパッドを握っている。
「大筑摩市、トランス・ウルトラ・ヒューマンの支配下にあった場所です。機械人類が交戦に勝利し、州陸軍筑摩駐屯地に侵入。こちらも占拠されたとの報です」
続いて、三人目の男が低く唸るように言った。
「……こうも重なると気味が悪いな。こっちは超人類が支配する江能市だ。そこも機械人類の急襲を受け、州空軍江能基地が完全に制圧されたらしい」
さらに四人目が重たい口を開いた。
「南丹野市でも衝突が起きてる。トランス・ウルトラ・ヒューマン支配地域だが、機械人類が勝って、そのまま州陸軍南丹野駐屯地を占拠したとの情報が入ってる」
ホログラフィック・マップ上では、各都市が赤く点滅し始めた。矢波山、大筑摩、江能、南丹野――いずれも〈ノー・エッジ〉の影響が及びにくい地域に位置する市街地であり、同時に山間部と隣接する地勢を持つ。
これらの都市は、飛騨山脈やその他の山岳地帯によって、愛知地方や岐阜地方、三重地方の南部とは自然に隔てられている。その地理的特性が、〈ノー・エッジ〉勢力の分断を生んでいた。
「機械人類が掌握する基地や駐屯地が増えるのは厄介ね……」
ミナトが小さく呟いた。
すると、円卓の上座にいた長門エイジが、ゆっくりと口を開いた。その瞳には、思考の熱が灯っていた。
「……愛知地方、岐阜地方、三重地方でも、基地や駐屯地の『大佐』『少将』を名乗る機械人類が部下の軍人を引き連れて現れて、中に入ろうとする問題が昨日から多発しているわけだが、機械人類の奴ら、一体、何を企てているんだ?」
エイジの言葉には、懐疑と警戒が混ざっていた。彼
〈ノー・エッジ〉の影響力が強く及ぶ地域では、自衛のため、インフラ施設、食料生産工場、軍事拠点にメンバーを常駐させていた。警備用に施設内に設置されていたEMP装置を取り外して出力を強化し、外部から攻撃を受けた際には即座に起動できるようにしていた。
機械人類やトランス・ウルトラ・ヒューマンにとって、EMPの放射は死にも等しい為、今のところはその防御策が功を奏しており、破壊活動を仕掛けられたり、施設を占拠させるといった事態は防がれていた。
しかし、軍事拠点を奪われれば、話は別だ。武器、弾薬、戦車、航空機……機械人類にとって、手に入れれば即戦力となる兵器が眠っている。ひとたびそれが動き出せば、状況は一気に傾く。
エイジはメンバーたちを見渡し、静かに指示を口にした。
「今後、我々が守る全インフラ施設、食料工場の警戒を一段階強化する。不審な動きがあれば、即座に第一アジトに報告を入れるよう、現場に徹底してくれ」
全員が一斉に頷いた。言葉はいらなかった。すでに、緊急対応の体制は整っている。必要なのは判断と迅速な対応だけだった。
やがて会議が終わり、室内の緊張が少しだけ解けた。メンバーたちはそれぞれの端末を操作しながら、情報の整理にかかる。そのなかで、エイジがふと、レオに声をかけた。
「レオさんは、今日は、これからどうされるんですか?」
その声は、形式ばらず、どこか親しげだった。
レオは、少しだけ考えるような仕草をしてから、答えた。
「……一度、自宅に戻ろうと思う。置きっぱなしの荷物があるんだ。あれをそろそろ回収しておかないと。だからミナトとは別行動になる」
その言葉に、エイジの表情がわずかに曇る。
「……今、戻るのは危険じゃないですか?」
レオは、少し笑みを浮かべて肩をすくめた。
「無理に入るつもりはないよ。様子を見て、まずいと判断したら引き返す。深入りはしない」
それでもエイジは、不安を隠しきれないまま、レオの目を見つめていた。だが、結局それ以上の言葉を重ねることはせず、小さく息を吐いてうなずいた。
「……気をつけてください」
レオはその言葉に短くうなずき、ミナトに自宅の様子を見に行く旨を伝えてから、作戦室をあとにした。
彼の背中がドアの向こうに消えると、エイジは再びホログラフィック・マップを見つめた。マップに浮かぶ赤い都市の光点たちは、沈黙の中で、じわじわと警告を発し続けていた。
嵐の前の、わずかな静寂だった。




