第十節:告発と余波――明かされた真相 4
第一アジトの出入口、かつて地下鉄の通路として多くの人々が行き交ったその廃棄施設の入口に、一人の男が姿を現した。
薄暗がりの中、LED照明の青白い光が微かに照らす通路の奥に、無言で立つその人影は、どこか異質な雰囲気を纏っていた。
厚手のコートは白い粉雪を纏い、静かに彼の存在を際立たせていた。が、その眼差しは不思議と澄んでおり、まるで確固たる意志を内に抱え込んでいるかのようだった。
入口脇には三人の〈ノー・エッジ〉の見張り役が立っていた。うち一人、若い青年が男に気づき、眉をひそめる。不審者だと判断するには十分すぎる状況であった。
男はゆっくりと歩み寄りながら、丁寧に問いかけた。
「ここは……〈ノー・エッジ〉の活動拠点ですか?」
声は静かで、抑制の効いた調子だったが、どこか言葉の重みが尋常ではなかった。
見張り役の青年は訝しげに目を細め、「あんたは誰だ?」と問い返す。警戒の色が、その声に露骨ににじんでいた。
すると男はわずかに口角を上げ、冷たい空気を切り裂くように言葉を続けた。
「私は、海外にて大川戸レオ氏の思想に共鳴する団体が連携して設立した国際組織の代表です。大川戸氏に、ぜひお目通り願いたい」
その名を口にした瞬間、青年の顔に緊張が走った。
レオの思想に本当に共鳴している人物なのか、政治利用する目的で近付こうとしているだけなのか、あるいは、悪意を持った敵対者なのか……。
言葉だけでは判別できなかった。
青年は、男の物腰にどこか真摯さを感じつつも、まだ警戒を解かぬまま、腰に手を添え、重心を微かに落とした。
「……証明できるものはあるのか」
それに応えるように、男は懐から静かに端末を取り出し、青年に掲げてみせた。
そこには、ロシア国内の州政府の正式な呼び出し文書が表示されていた。ロシア語で記されたその文章には、彼が“混ざり者”として識別・隔離された記録を明記していた。
「私は現生人類の母と、トランス・ウルトラ・ヒューマンの父との間に生まれました。父からは強化遺伝子とニューロ制御特性を、母からは情緒の揺らぎと内省性を受け継ぎました。しかし、情感が強すぎるとして、混ざり者に分類されました」
その声音は、抑制されながらもどこか人間らしい響きを持っていた。冷静だが、どこか深い熱を孕んでいる。
「ご覧の通りで、この前、混ざり者の登録が義務化された時には、私にも通知が来ました。そして隔離施設に入れられました」
端末の画面を一瞥した青年は、内容を理解した様子で表情を変えた。冷ややかな警戒心が、わずかに揺らぎ、目の奥に別の色が差した。
やがて、彼は無言で端末を返し、通信端末に軽く触れて何かを伝達すると、小さく頷いて言った。
「……わかった。中へ案内する。ただし、まだ完全に信用したわけじゃない。身体検査を受けてもらう」
青年の声音には、僅かに緩んだ警戒の糸が残っていた。だが、それは職務上の常――この地下にいる者すべての命が、その冷静さの上に成り立っていたからだった。
男は無言で頷いた。異論も抗議もない。ただ、当然の手順として受け入れるという風に、静かに指示に従った。
青年は仲間の一人に「ここは頼む」と短く言葉をかけると、男を伴って歩道のすぐ脇にある古びた低層建物の壁にとりつけられた鉄製の無骨な扉へと向かった。
建物の前では担当の見張り役が目を光らせていた。
青年が扉をノックすると、数秒後、内側からロックが外れる音が響いた。
軋む音と共に扉がわずかに開く。青白い光が隙間から洩れ出ていた。
扉の奥は殺菌灯の光に照らされた簡素な一室。元は備品保管庫だったのだろう。床はコンクリートのまま、壁も剥き出しで、配管がそのまま走っている。
中央には携帯式の身体スキャナが設置されていた。軍用品というよりは、医療機器を転用したような代物だった。
男が促されるまま機器の前に立つと、スキャン音が微かに響き、白い光が頭の先から足元まで静かに走る。
数秒の沈黙の後、スキャナの表示が「異常なし」と告げると、青年は再び口を開いた。
「……合格だ。ついてきてくれ」
男は軽く頷き、青年の背を追って建物の裏手――本来なら地下鉄と接続していた通用口を経由し、その奥に広がるアジトの内部へと足を踏み入れた。




