第九節:過去の遺産を未来の礎へ――発信と共鳴 2
作戦室の空気が、俄かに熱気を帯びる。
しかし、問題は、どうやって情報を全世界に届けるか――それに尽きた。
現在、テロ対策の名目のもとに、統一政府は世界連邦構成国、さらにその下に位置する自治州の衛星通信網を統制し、あらゆる発信を厳しく監視・制限している。
もはや自由な通信などという言葉は幻想であり、国家や自治州の枠組みさえ、通信という情報生命線においては統一政府の掌中に握られている。
日本国内でさえ状況は深刻だった。
他州に映像や音声のデータを送るだけで、送信元と内容をAIが即座に照合し、不審と判断されれば即遮断される。
特に〈テロ〉〈政府〉〈義勇軍〉〈クローン〉〈遺伝子改変〉〈粛清〉――そうした語句のいずれかを含む通信は、例外なくブラックリストに引っかかる。
電話で話す程度、あるいは簡単なメッセージを送る程度ならまだ通る。
だが、これから彼らが行おうとしているのは、それとは桁が違った。
――告発。
それも、統一政府が封じようとしている最も忌避される種類の情報。
それを、国内を越え、世界へ発信するというのだ。
作戦室に漂っていた沈黙を破ったのは、一人の男の声だった。
「ちょっと、いいですか」
ショウメイだった。物腰は柔らかく、決して高圧的ではないが、その声には不思議な重みがあった。
「飛霞自治州では、州内の宇宙船発着場から、複数の通信衛星が打ち上げられており、今も軌道上を周回しています。ご存知の通り、州政府はすでに機能不全に陥って久しく、統一政府の直接管理も及んでいない。職員は恐らく誰一人として残っていないでしょう。現在、衛星はすべて、自律運用モードで自動的に軌道を維持している状態です」
ミナトが小さく身を乗り出し、レオの隣で囁いた。
「そんな衛星があるだなんて知らなかった。でも、職員が誰もいないなら、忍び込めば何とかできそう」
ショウメイは頷いた。
「その通りです。そして州立航空宇宙センターに行けば、そこから衛星ネットワークを通じて、全世界に直接映像を配信することも可能なはずです」
その場にいた〈ノー・エッジ〉のメンバーたちがざわめきを漏らした。
皆、ただならぬ期待と緊張を含んだ表情をしていた。
だが、それにすぐ続けてエイジが冷静に応じた。
「州立航空宇宙センター……あそこは、うちの影響下にあるエリアだ。だから施設内部に潜入すること自体は不可能じゃない。ただな……」
短い黒髪を撫でつけるようにして、エイジは言葉を選びながら続けた。
「あそこには最先端の設備が揃ってる。制御コンソールも次世代型だ。うちのメンバーには、あれを扱えるほどの専門知識を持った人間はいない」
作戦室に再び沈黙が落ちる。しかし、それはわずか数秒で破られた。
再び口を開いたのは、やはり佐藤ショウメイだった。
「それが……少し違うんです」
そう言うと彼は、手元の端末を作戦台端末の接続ポートに接続し、ホログラフィックにデータを表示させながら説明を始めた。
「実はその衛星群の中に、一基だけ――五十年前に打ち上げられた、旧式の通信衛星が含まれているんです。すでに定期運用からは外されており、使用停止状態になっている。けれども、機体自体は故障していません。ただ、旧式ゆえに現在の通信プロトコルには対応していないため、そうなっただけの話です」
エイジが顔を曇らせた。
「しかし、今の通信プロトコルに非対応だと、使い物にならないんじゃないか?」
「それはあくまでも”日本では”の話です。途上国の一部では、同型の通信衛星が現役で稼働中です。プロトコルも互換性がある。環境さえ整えば、十分使えます」
ミナトの目が輝いた。
「それならノー・エッジのみんなでも扱える」
「ええ。それだけでなく、その“時代遅れ”が有利に働くかもしれません。統一政府の監視AIは、稼働中の衛星網を中心に監視しています。無数に存在する旧式の放置衛星までリアルタイムで監視する余裕はないはずです」
レオが低く唸るように言った。
「つまり、その衛星であれば、統一政府の監視の目を掻い潜って、告発動画を世界に向けて送ることが可能だと?」
ショウメイは頷いた。
「はい。しかも、大川戸さんが伝えるべき内容は、現場映像を交えた2Dのシンプルな映像で十分です。多感覚型の重いデータではないので、送信は一瞬で済みます。それをARグラスやスマートレンズに、広告に偽装して流せばいい。ただ、使うのが50年前の旧型衛星で現代の標準フォーマットと互換性がないので、配信用データを専用形式に変換する必要がありますし、ARレイヤーとスマートレンズで再生できるよう、動画を加工しないといけません。とはいえ、ひとたび送ってしまえば――たとえ統一政府が途中で気づいて妨害を試みても、それより前に全世界に拡散できる可能性は高いです」
その瞬間、空気が変わった。
「……やってみる価値はあるな」
レオが、ぽつりと呟いた。
その声音には確かな決意が宿っていたが、胸の奥に芽生えた不安や緊張も隠しきれてはいなかった。
だが、誰よりも彼自身が、それを乗り越える覚悟を口にしていた。
その言葉に続くように、エイジが一歩前に出て、ショウメイの方へ向き直った。
「佐藤さん、教えてくれてありがとう。本当に、大いに助かりました」
淡々とした言い方ではあったが、その声には明瞭な敬意と感謝がこもっていた。
ショウメイは微笑をたたえ、軽く頭を下げる。
エイジはすぐさま場を見回し、仲間たちへと視線を投げかける。
「……よし。みんな、準備に取り掛かろう」
空気が、きしりと音を立てたような気がした。
揺らぎながらも、確実に前へと進むための一歩が、いまここに踏み出されたのだ。
「まずは、州立航空宇宙センターの見取り図を手に入れる。話はそこからだ」
その声に呼応するように、〈ノー・エッジ〉の仲間たちが動き始めた。




