第九節:過去の遺産を未来の礎へ――発信と共鳴 1
昼下がりの曇天が、廃棄された地下鉄の跡地に淡い光を落としていた。
地上の混沌とは別の静寂が、コンクリートに包まれた地下施設〈ノー・エッジ〉第一アジトの空気を支配している。
レオとミナトがその冷ややかな空気の中を歩く姿には、明確な決意と緊張がにじんでいた。
旧シェルターの中央管理区画を改装した作戦室では、既に主要メンバーが集められつつあった。
エイジが静かな声で「集まってくれ」と呼びかけた時、そこにはすでに十名近い男と女が無言のまま席につきつつあった。
“混ざり者の隠れ家”リーダー、グラディスの使者・代理として来ていた佐藤ショウメイがまだアジトにいたので、彼にも同席して貰った。
レオとミナトは、無言のままその中心へと進み出る。
中央の作戦台は、分厚い強化ガラスの円形卓で、その下層から浮かび上がるホログラフィック・マップが部屋全体を幽玄な青に染めていた。
端末の接続ポートにそれぞれの携帯端末を接続すると、投影マップが瞬時に切り替わり、次々とデータが表示されていく。
最初に浮かび上がったのは、トランス・ウルトラ・ヒューマンの構成因子設計図。
続いて、レオの出生に関する改竄前の医学的記録、そして極秘とされていた公文書――“シリウス計画”の全貌が、歪んだ静寂の中で明らかになっていった。
誰からともなく息を呑む音が漏れる。
ある者はその場で硬直し、別の者は血の気を失ったように顔を蒼ざめさせた。
ひとり、またひとりと、言葉を失ったままホログラムの光に照らされている。
その光の中心で、レオが静かに口を開いた。
「俺は今日、AIノードから賦与された権限を使って、“深層ノード沈黙の層”と呼ばれる領域にアクセスし、これらのデータを取得した」
その声には、怒りよりも深い静けさと、抑制された激情があった。
「見ての通り、俺はこの非人道的な計画――“シリウス計画”の被験者であり、被害者だ。ここにいるミナトも、“シリウスβ”という名を与えられたもう一人の被害者だ」
重い言葉が作戦室を貫いた。
その内容の異常さと、突きつけられた現実に、誰一人として言葉を発する者はいなかった。
あまりにも深く、あまりにも残酷な真実が、ホログラムの中で無機質に光を放っている。
沈黙の中で、レオが一歩踏み出す。
「みんなに謝らないといけないことがある。俺は、これまで真実の一端を知っていながら、口を閉ざしていた。理由は単純だ。公表すれば、人類種間の対立が激化し、さらに多くの血が流される可能性があったからだ……」
言葉が作戦台のガラス面に反響し、虚空を渡っていく
「だが、今日、真相を全て知り、考えが変わった。これは常軌を逸している。生命を、存在そのものを、弄んでいる。構成因子設計図の内容を見る限り、隠蔽されているだけで、もっと多くの被害者、犠牲者が出ている可能性が高い」
彼は拳を握り締めた。
「だから俺は、被験者としての立場を明かした上で、すべてを告発する。政府の非道を、世界中の人々に知らしめるべきだと思っている」
しばしの沈黙が、再び作戦室を包む。誰もがその言葉を呑み込みきれずにいた。
そして、ようやく声が上がったのはエイジだった。
「……レオさん。それにミナトさん。俺は……本当に、何と言えばいいのか、わからない。まさか、二人が、こんな酷い計画の犠牲になっていたなんて……」
エイジは低く息をつきながら、言葉を繋ごうとする。
だがその口調からは、彼自身の内心の動揺がにじみ出ていた。
レオとミナトは、何も言わずにその言葉を受け止めていた。
言葉が出てくるのを、ただ待つように。
やがてエイジは、わずかに顔を上げて言った。
「レオさんが公表するというなら……それは、とても大きなリスクを伴います。政府は黙っていないでしょう。統一政府の情報統制網が動き出せば、抹殺対象にされるかもしれない。それでも……やりますか?」
レオは、迷いなく答えた。
「心配してくれて、ありがとう。だが俺は大丈夫だ。四つの人類種の懸け橋として、そして“混ざり者”の一人として、名乗りを上げたあの時から……覚悟は、もうできている」
その一言に、エイジは静かに頷いた。
そして、力強く言葉を返す。
「それなら、やりましょう。俺も全面的にバックアップします」




