第八節 父・シリウスとの対話と絆 3
「……レオ、来てくれたのか。母さんも……ああ、それに……隣にいるのは、初めて見る顔だな」
レオが軽く頷いた。
「知り合いだよ」
その言葉に、シリウスは横目でミナトを観察する。彼女の瞳の奥に、何かを見極めようとするような視線を注いでいた。だが、すぐにレオが言葉を続けた。
「彼女は、ミナト。俺と同じ、シリウス計画の被験者だ。……すべてを知っている」
その言葉を聞いた瞬間、シリウスの目が揺れた。表情というより、わずかな沈黙に彼の戸惑いがにじんだ。
「……確かに、私はシリウス計画に参加していた。だが、“被験者”という表現は……それは大袈裟だよ。あれは、あくまでも……レオが四つの異なる人類種の“懸け橋”になれるかどうかを見るための社会実験にすぎない。私たち以外に計画の参加者がいたというのは初めて聞いたが、そこにいるお嬢さんも、レオと同じで、社会実験に参加していただけの話だよ」
その時、口を開こうとした真凛を、レオがそっと手で制した。
「母さん、待ってて」
そして父に向き直り、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「実は、母さんにも一緒に聞いて欲しいことがあって……だから、連れてきたんだ」
その目には迷いがなかった。
「母さん、この前、シリウス計画の“真の姿”について、彼女と一緒に説明したよな?」
真凛は、動揺を隠しきれないまま頷いた。
「ええ……」
「今日、ミナトと一緒に“深層ノード”の“沈黙の層”に行ってきた。そこに……本当の答えがあった」
その一言に、シリウスは顔色を変えた。思わず小さく笑う。
「沈黙の層……あそこは統一政府の上層役職者しか入れないはずだ。レオにアクセス権限はないよ」
「あるんだ、俺には。ノードに選ばれた人間としての権限がある。そして、情報も持ち出した。これにすべてが入ってる」
レオは、自身の携帯端末を差し出した。シリウスがそれを手に取り、画面を操作する。その肩越しから、真凛も画面を覗き込む。
二人の顔がみるみる変わっていった。シリウスの目には理解を超えた驚愕が浮かび、真凛は顔面から血の気が引いた。言葉を失い、ただ画面を見つめ続けていた。
そして、レオは静かに告げた。
「俺は……この真実を知ったとき、気を失った。それくらい……衝撃だった。だから父さんと母さんが混乱するのは、よくわかる。でも、先に知っていてほしかったんだ」
しばらく沈黙が流れた後、真凛がぽつりと呟いた。
「……世間に、公表するのね」
「そうするつもりだ。トランス・ウルトラ・ヒューマン構成因子の設計図といい、政府のやっていることは、明らかに人倫にもとる。隠されているだけで、犠牲者や被害者もかなり出ているはずだ。公表して強引にでも止めさせないといけない」
真凛は目を伏せ、長く深い呼吸を一つした。
「私は、今、頭の中が混乱していて、考えもまとまらない。だけど……こんな酷いことをしていただなんて、許せない。……絶対に許せない」
その言葉には、母親としての本能的な怒りがこもっていた。
自分の子どもが、出生の時点で、無断で遺伝子を組み替えられていた――その現実が、少しずつ真凛の中に、現実感をもって迫ってきていた。
「覚悟は、できているのね?」
真凛に問いかけに、レオは無言で首肯した。
隣にいるシリウスは、そっと目を伏せ、静かに語り始めた。
「……私は、アンドロイドだ。だから、精子はない。母さんとの子を授かるために、政府から派遣された研究者たちが、“人工人造精子”の研究に協力してほしいという言葉に、私は同意した」
レオも、真凛も、ミナトも、一斉に彼を見た。
「研究者たちは、“創作遺伝子”という案を提示した。怒りを抑制し、共感性を高め、調停性を強める。アンドロイドがプログラムによって獲得している高い感情抑制能力、調停性促進能力、豊かな共感性、それらを作り出す為の配列だと……。その遺伝子は、“人”から抽出されたものだと聞かされた。だからその提案を了承した」
「創作遺伝子……」
ミナトが呟いた。空気が冷たく凍るような気がした。
「だが……これだけは言っておく」
シリウスは、レオの目をまっすぐに見つめた。
「私は、君を“設計”してはいない。君に“生まれてきてほしかった”んだ。……君がいれば、私も……ほんの少しだけ、人間に近づける気がしたんだ」
その言葉に、レオの胸が締めつけられる。
シリウスの心が発した悲痛な叫びだった。
真凛はシリウスの心情を考えると、胸が苦しくなってこらえきれず、肩を震わせながらすすり泣いた。
そばにいたミナトが真凛をなだめるために抱きしめた。
シリウスは、ただのアンドロイドではなかった。金属の塊に自我を植え付けただけの存在ではなかった。間違いなく、人間であり、生命であり、父親であった。
「……父さん」
レオはそう呼びかけた。そして心からの感情を乗せて言葉を続けた。
「……ありがとう」
それは、父と子の間に結ばれた、“絆”の証だった。




