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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第七章 破滅か共栄か
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第八節 父・シリウスとの対話と絆 2

 第一アジトを出てから約4時間後——。


 二人が到着した江浜市は、海と山に挟まれた都市だった。中心部からやや北に外れた山間部。


 街灯もまばらな林道の先に現れた白壁の建物は、冬の闇の中にあってなお、まるで記憶の中から引き寄せられたような静謐な存在感を放っていた。


——小川機械記念病院。


 それは三階建ての簡素な構造で、屋上には通信管制塔と小型ホバーメッド用の緊急ドックがわずかに覗いていた。だが本当の機能は、視界に映るその姿のさらに下、地下に広がっていた。


 意識同期ユニット、自我転送装置、構造修復用の高密度ナノマトリクス。機械の身体を持つ者たちにとって、ここは単なる修理施設ではなく、“再生”の場であった。


 自律移動ポッドが林道の終端に差し掛かると、濃い霧のような寒気の中、ひときわはっきりとした人影がライトに浮かび上がった。灰色のコートをまとい、黒髪をひとつに結った女性が、街灯の下に静かに立っていた。


「……母さんだ」


 レオが呟いた。


 ミナトは黙って頷き、ポッドが静止すると自動で開くドアからレオに続いて降り立った。冷えた空気が一気に頬を刺し、ミナトはコートの襟を少し引き寄せた。


 夜風は冷たかったが、それ以上に、この病院の前に立つことの重みが、彼女の胸に澱のように沈んでいた。


「母さん」


 レオが歩み寄り、小さく手を振った。


「ちょっと見ない間に、なんだか逞しくなったように見える……」


 真凛は笑みを浮かべた。その眼差しの奥には疲労と緊張が色濃く宿っていた。


 ミナトも軽く会釈をする。


「こんばんは、真凛さん」


「こんばんは。……寒かったでしょう」


 三人は互いに多くを語らぬまま、静かに病院の面会者用出入口をくぐった。夜の冷気が背中を押し、重たい自動扉が無音で開くと、そこには警備用のセンサーと簡素な受付パネルが無機質に佇んでいた。


 真凛が躊躇いなく指先をかざし、生体認証を済ませると、淡い光を帯びていたセキュリティのランプが緩やかに色を変え、静かに警備システムが解除された。


 かつて、人間が医療の現場で働いていた時代には、医師や看護師たちの労働環境を守るため、小児病棟や緩和ケア病棟、分娩室のような特別な事情がある場所以外では、面会時間は制限されていた。それが、病院という場所の常識だった。


 しかし、今は違う。労働が機械とAIへと移行し、人間の負担が取り払われた現在では、大部屋のように他者への配慮が求められる空間を除き、個室であれば、面会時間に縛られることはない。


 特に、ここ小川機械記念病院のように、患者の多くがアンドロイドや機械人類である施設では、そもそも「面会時間」という概念自体が存在しなかった。


 この病院においては、夜であろうと、訪れる者の思いと、迎え入れる意志があれば、それで充分だった。


 廊下に入った瞬間、冬の冷気とは異なる、無機質でわずかに消毒液の混じる空気が肌に触れた。


 レオの視線が天井を流れるケーブルラインに、そして壁の奥に響く低周波音に向けられる。目に見えない何かが、確かに稼働している——この病院が、単なる建築物ではなく、生きた機構であることを感じ取れる気がした。


 中核医療ユニットは、アンドロイドや機械人類の「自我」を物理的にも精神的にも繋ぎ留めるための設備であり、人間の目には映らぬ地下に設置されていた。


「病室は三階。エレベーターで上がりましょう」


 真凛が先導し、三人は無言のままエレベーターに乗り込んだ。


 ゆるやかな振動とともに昇降機が動き出す。レオはミナトの隣に立ちながら、反射的に拳を軽く握った。ミナトは横目で彼の様子を確認しながらも、何も言わなかった。ただ、少しだけ身体を寄せ、彼が孤独でないことをさりげなく伝えた。


 扉が開いた。


 明かりの抑えられた三階の廊下に、三人の足音だけが淡く響いた。


 突き当たりの一室の前で真凛が立ち止まる。扉には銀色のネームプレートが貼られていた。


 《SIRIUS XENON ARK》——


 真凛が手をかざすと、静かな電子音が鳴り、扉が横にスライドした。


 三人は、無言のまま病室の中へと足を踏み入れた。


 病室は、奇妙なほど静かだった。


 窓の外では冬の夜空が広がり、遠くの山影が微かに浮かんで見える。ベッドの上には、精密な医療機器に繋がれた一人の男――レオの父、シリウス・ゼノン・アークが横たわっていた。


 無数の制御ラインが静かに光を放ち、彼の体と機器とを結んでいる。だが、その姿からは、かつて研究所で知性と威厳を漂わせていたアンドロイド科学者の面影が、わずかに薄れていた。


 人工の肉体に、老いは宿らない。だが、人としての「疲労」は、確かにその横顔に刻まれていた。


「……父さん」


 レオが名を呼ぶと、シリウスのまぶたがゆっくりと動いた。そして、朦朧としながらもレオの姿を捉えると、かすかに笑みを浮かべた。

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