第四節 変えられない運命 3
〈ステラ・エリュシオン・ノード〉からの離脱手順は、既に自動化されていた。
レオは、最後のセキュリティ認証を済ませ、指定された脱出艇ブロックへと向かう。
通路は無人で、薄く青白い照明が彼の歩みを淡く照らしていた。まるで、深い眠りについた真夜中の大都市に忍び寄る夜明けの気配のような、静謐な退場。
脱出艇〈オルフェウス〉。
その名が示す通り、それは死者の国から地上へと戻る者のために用意された特別な小艇だった。
密閉された球体の内部は、個人生命維持装置と、帰還中の記憶記録ユニットを備えていた。座席に身を沈めたレオは、装着されたシールド・ヘルムを通して、広がる宇宙を見た。
ゆっくりと、艦体が分離する。
外壁の合わせ目がほどけ、〈ステラ・エリュシオン・ノード〉からの推進軌道へと滑り出す。
船窓の外、無数の星々が沈黙の中に浮かび上がる。
まるで、生まれる前の記憶――まだ名を持たない意識の欠片が、時間の淵から囁いてくるようでもあった。
「知性は、孤独の中から生まれる……」
彼は、ぽつりと呟いた。
その声が、ヘルム内に反響する。
「だが、それは、繋がるための孤独だ」
ゆっくりと、彼の視界の先に、青い光が浮かび上がる。
地球――数日前、彼が旅立ち、今また帰ろうとしている惑星。だが、それはもうかつての故郷ではなかった。彼が戻るのは、「過去」ではなく、「未来の入口」だった。
そのとき、通信が入った。
機内の静音を破るように、耳元に聞き慣れた声が流れ込んでくる。
『こちらミナト。こうして宇宙空間から眺める地球って、本当に綺麗ね。地上で繰り広げられている争いが、まるで幻みたいに思える……』
ミナトの声――だが、その音調には、何かが宿っていた。覚悟とも、希望とも、哀しみとも言える何か。
『私たちは、シリウス計画を阻止しないといけない。また、計画の全貌も知らないといけない。戻ってからが、本当に勝負になる』
レオは目を細めた。
遥か遠くに見える青い惑星が、まるで静かに瞬いて彼を迎えようとしているように感じた。
問いの旅路はまだ終わっていない。だが、答えは、あと少しで手に入る……。
レオは膝の上に置いた手に力を込めた。




