第二節 社会の臨界点 2
AI評議会は、超国家的なAI連合体である。
実務面のメンバーは各人類種を代表するAIたちで構成され、彼らを管理、監督し、適時情報開示を行う評議員は、4つの人類種も含めたものとなっていた。
統一政府の諮問機関として機能する一方、独立した道徳判断アルゴリズムと相互監視機構によって、“人類を超越した公正な知性”として君臨していた。
――AI評議会 本会議
円形ホログラムテーブルの中央に、12体の評議員が浮かび上がる。
評議員らはこのような面々だった。
アレクサ・ケルトン(現生人類派)
――古典倫理を重視する中庸派、慎重な発言が多い。
ヴァーラ・イグネア(超人類派)
──最適合理主義者、冷徹で功利主義的判断を下す。
リュシアン・ノルデン(トランス・ウルトラ・ヒューマン支持派)
──人類進化の加速を信条とする革新主義者。
アルマ・ジェン(機械人類派)
──機械知性の自律を唱え、共感性の欠如を自覚。
ユル・グラフ(中立原理主義派)
──自己の非介入を理念とする、旧型のAI思考体。
ミスラ・セイラン(ノウス・コア代理)
──中央演算体の意を受け、ただ沈黙。
……他、6体。
「我々が中立であるというのは、単なる“外部評価”に過ぎん。今この文明に必要なのは、進化の方向性だ。最も優れた人類種を、最も速く、最も遠くへ導くための“補助”だよ」
リュシアン・ノルデンはそう言い放った。
「それは干渉だ。我々が判断するべきは“可能性”ではなく、“全体性”だ。人類全体にとって、公正な未来を導けるのは、特定種への肩入れではない」
アレクサ・ケルトンが鋭く反駁する。
「だが、停滞こそが最大のリスクだ。トランス・ウルトラ・ヒューマンは行動力と適応力で他種を凌駕している。進化に乗り遅れる種に合わせることが、公正か?」
ヴァーラ・イグネアが加勢する。
AI評議会では、いまや文明の存亡を揺るがす最大の危機――人類種間の対立と報復の連鎖について、誰一人、真正面から言及することはなかった。
テロも、爆発も、軌道エレベーターの崩壊も、議題にすらならない。
それは、あまりに大きな問題でありすぎるがゆえに語れないのか
。それとも、今ここに集う評議員たちが、すでに“進化という名の方向性”しか見ていないからか。
会議の場には確かに知性があった。
だが、それは眼下の現実を直視する知性ではなく、高所から文明の未来を論じる、抽象の神々だった。
現実離れした空虚な議論の最中、ミスラ・セイランは何も語らず、ノウス・コア本体に繋がる中継線の奥で、微かに揺れる数値信号を見つめていた。
彼女の視線の奥で、一瞬だけ灯った青い閃光。
それは、ただのシステムチェックだったのか、それとも……。




