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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第七章 破滅か共栄か
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第一節 分断の深化 3

 その夜、パタゴニアAI管理センターの中枢システムは侵入を受けた。


 機械人類の政府系ネットワークに挿入された未知のコードは、神経回路を模したノードネットワークを異常同期へと導き、構造そのものを歪ませていった。


 侵入作業は一時間にも満たずして完了し、意思決定AIは誤作動を起こした。


 感情抑制派の統治施設、再教育システム、思想検閲部門などが次々と機能停止に陥り、秩序は崩壊の兆しを見せ始めた。


 だが、それはほんの始まりに過ぎなかった。


――カザフスタン人工都市〈アスタナ・ノウヴァ〉


 その報告は、即時優先チャンネルを通じて、冷然たる空間に送信された。


 鋼鉄と有機シリコンを組み合わせた高圧構造材で形作られた会議室は、音響も照度も温度もすべてが完全に制御されており、偶然という変数が存在しない環境だった。


 そこに集っていたのは、機械人類至上主義を掲げる〈スチール・イデア〉の中でも、更に急進的で過激な感情抑制派の幹部たちだった。


 感情抑制派は純複製型機械人間の失敗という黒歴史の反動として誕生した。


 人間の脳を完全に無機物で再構成する計画が頓挫し、機械人類は、人間の感情や本能をプログラムで代替する形式しか取れなくなった。


 感情と本能は、人間とロボット、アンドロイドとを区別する要素だ。


 自我を持っていたとしても、感情と本能が欠ければ、たとえ金属でできた身体が人型であろうとも、それはロボットであり、人間ではない。


 機械人類が感情や本能にこだわるのは、人間でありたいという願望の表出であり、人類という種にしがみつきたいからであった。


 しかし、人間の脳を無機物で再構成することが不可能で、感情や本能をプログラムに頼るしかないならば、いっそのこと、自身がロボットに感情と本能をプログラミングしただけの存在であると認め、寧ろ、感情と本能を正しい判断を誤らせる障害とみなす人々が現れた。


 これが感情抑制派の始まりである。


 機械の身体を手に入れた人類が、機械の持つ性能をフル稼働させる為に、感情と本能を捨て去ることが進化と呼べるのか。


 あるいは、有機物で形成された生命であることを放棄したただの人外であるのかは、後世の歴史家が決めることだ。


「侵入プロトコルが検出された」


 青白い顔貌の青年型機械人類が発言した。無駄な抑揚は一切なく、声は一定の周波数と滑らかな発音速度で構成されている。


 音も、語調も、感情を排除するための設計だ。


「発信源は〈エボリューション・ネクサス〉。トランス・ウルトラ・ヒューマン急進派との整合率94.6パーセント。標的は我々の存在そのもの。彼らの掲げる“未来”に、我々の姿は含まれていない。ならば、我々の選択肢もまた、ひとつだ」


 即座に応答が返る。情報は既に全体に共有されており、その発言は“意見”ではなく“再確認”であった。


「彼らの“進化”には、感情と衝動が混入している。論理的欠陥だ」


「人間性とは、記憶と自我の連続性であり、肉体的属性ではない。我々こそ、合理性によって過去から未来を接続し得る人間種の正統だ」


「ゆえに、感情の排除は倫理であり、義務である」


 会議室のあちこちから、機械人類たちが冷静な声を重ねる。


 感情抑制派の集いである彼らは、ただひたすらに、論理のみを武器として語った。


 女型の個体が立ち上がり、会議室の空間を横断して、ホログラムを展開する。


 そこには、〈エボリューション・ネクサス〉の思想伝播ルートと、伝播先での侵食度が表示されていた。


「この思想は感染だ。合理性に対する反動的ノイズ。これを許容すれば、秩序は再び“生身の混沌”へと退行する」


「正当防衛としての反撃を行うべきか」


 低く艶のある声が静寂を切り裂いた。


 それは、かつて“銀幕の歌姫”と称された女性歌手の声を精密に再現したものだった。


 発言者は、完璧に調律された肢体と端正な容貌を持つ、女性の機械人類だった。


「一方的な攻撃に対する報復は、正義である」


 彼は立ち上がり、会議室の壁に映し出されたホログラムを指差した。


 それは、逆探知によって抽出された〈エボリューション・ネクサス〉のネットワークノードの断片だった。


「我々は既に解析を始めている。こちらにもカードはある。中継サーバー“アステロイド・ドック27”、およびその衛星系ノードに、コードを送り込むルートは確保済みだ。今夜――彼らに“機械の理”を思い出させる」


 〈エボリューション・ネクサス〉の思想は、地球を周回する複数の人工衛星ノードから拡散されていた。


 その中継機能を果たしていたのが、月面に建造された中立域の通信拠点“アステロイド・ドック27”である。


 かつては地球―火星間の貨物通信ルートの要衝であったが、近年は非正規の思想データやプロトコル交換の拠点としても暗躍していた。


 歓声はない。静寂の中で、幹部たちの思考が“肯定”だけに集約されていく。


 そこには討議も投票もない。


 意志は最適解へと自動収束し、ただ実行の段階だけが残されていた。


 全会一致の指示により、コードは構築された。


 感情モジュールを過負荷させるプログラム、情報反射のループ構造、神経同期を狂わせる刺激信号――それらを混合した“静かな殺意”が、光速で宇宙へと放たれた。


――そして数秒後、月面の中継サーバー“アステロイド・ドック27”と、軌道上のノード群で異常が発生した。


 通信ログは混濁し、応答プロトコルは感情の発火点に達した。


 彼らは震えた。恐怖ではない。


 歓喜と絶望と恍惚とを同時に経験する、未知の状態だった。


                *  *  *


 この夜、現生人類から分かれ出て進化したと豪語する種たちは、互いに“言葉”を超えた手段で相手を攻撃した。


 そして、どちらも口を揃えてこう言った。


「先に仕掛けてきたのは、相手方だ」

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