第十六節 緩やかな連帯 4
作戦室の空気は、いつにも増して静寂に包まれていた。
地下深く、分厚い鉛合金と耐爆強化コンクリートに護られたその空間には、外界の喧噪も届かない。
ホログラフィック・マップの投影が、静かにその輪郭を明滅させる中、レオとミナトの足音だけが、緩やかなテンポでその沈黙を刻んでいた。
ふたりは並んで歩き、無言のまま中央の作戦台を回り込むようにして、最奥の小部屋へと向かっていた。
地下深く、沈黙の意志が集まるこの場所の中で、そこだけが静謐な呼吸を保つ聖域――ノー・エッジの思想と戦略の中心だった。
奥まったその空間の前で、ミナトが一度立ち止まり、指先でカーテンをそっと押しやる。
分厚い布の隙間から、温白色の照明に照らされた静かな光がこぼれ出し、その奥に、ひとり腰を掛けていたエイジの姿が浮かび上がった。
小さな机に向かっていた彼は、ふたりの気配に気づくと、すぐに顔を上げ、軽やかに立ち上がった。そして、まっすぐ歩み寄ってくると、軽く口角を上げて笑う。
「そろそろ来る頃だと思ってた。それで、話っていうのは?」
気負いのない声音だったが、その奥には確かな関心と準備の気配が見え隠れしている。ミナトは黙って一歩身を引き、レオに視線を送った。
レオは前に出て、軽く息を吸い込むと、ためらうことなく口を開いた。
「実は、どうしても調べたいことがあって——月面のL2、〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に行きたいんだ」
その名を聞いた瞬間、エイジの眉がわずかに上がった。重く沈んでいた空気が一瞬だけ揺らいだかのようだった。
「……月面ですか? どうしてそんなところに」
問いに答えたのはミナトだった。彼女の声は、落ち着きの中に静かな決意を含んでいた。
「彼、大学院生の頃に〈ステラ・エリュシオン・ノード〉でAI〈ミューズ〉と共同研究をしていたの。そのときのことで、どうしても、調べないといけないことができてしまって」
言葉の端々に、過去と現在が交錯する気配が滲んでいた。エイジの目が細められ、再びレオへと向けられる。
「……大川戸さんって、月面の研究施設で研究員してたんですか? すごいな……」
その言葉に驚きと敬意が滲む。
レオはその称賛を面映ゆく感じながらも、視線を真っ直ぐに返した。
「俺の身の回りで起きていた不審な出来事の謎が、あそこに行けば解けるかも知れないんだ」
エイジはしばし沈黙した。その沈黙には、数えきれない思考の層が重ねられているようだった。やがて、彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、淡く光る壁の端末に目をやる。
「……月面に飛ばす宇宙船の発着場だったら、うちの影響が強く及んでる地域に幾つかあるんで、出発に関しては問題ないですよ」
彼の声は低く、確信に満ちていた。
「統一政府のほうが何か言ってきたり、何かしてきたりしたとしても、まあ……こっちで何とか対応できますし」
ミナトが小さく安堵の息を漏らし、レオは一歩近づいて頭を下げた。
「ありがとう。恩に着るよ」
エイジは一瞬だけ口元に微笑を浮かべた。




