第十六節 緩やかな連帯 1
グラディスが話題を変えた。
「ところで、大川戸くんも、篁さんも、わざわざここを訪ねて来られたのだから、なにか用があったのではありませんか?」
彼の低く落ち着いた声が、空間の静けさに水を打つように響いた。対面に座る若い男女が顔を見合わせ、先にレオが口を開いた。
「実は、俺と彼女は飛霞自治州の中京市から来ました」
その一言に、グラディスの表情が明らかに揺れた。眉根がわずかに動き、琥珀色の瞳がレオをまっすぐに見つめる。
「今、州境は封鎖されているはず。しかも中京市と言えば、激しい戦闘が行われている地域の向こうだ。わざわざ越えて来られたのですかな?」
彼の声音には驚きと、それを超えた関心が滲んでいた。今度はミナトが答える。
「ええ。そうです。私たちは〈ノー・エッジ〉という反武装派の境界人グループと行動を共にしています。リーダーの長門エイジという男性が、彼の思想に共感していて、彼が厳しかったころに匿ってもらったことが縁で、今は身を寄せている状態です」
グラディスのまなざしがやや和らぎ、興味の温度がさらに深くなった。
「飛霞には大川戸くんの共生思想に共鳴するグループがあるのですか。世の中、やはり、捨てたものではありませんね」
その言葉に、レオは静かにうなずき、語調を強めた。
「俺は斗馬で行われている救援活動を見て、この人達は思想を同じくする同志だと感じました。また、機体に使用されていたマークを見て、“分岐前の思索者たち”が生き延びていて、活動を継続しているのではないかとも思いました。そしてこちらに来て、自分の読みが当たっていたことを知り、ここまで案内して下さった先程の男性からの話を聞いて、確信しました。同じ思想のもとに動いている、と」
言葉が途切れる間を縫うように、ミナトが続けた。
「〈ノー・エッジ〉が州内で演説するレオを支援して、警護してくれたり、演説を実況配信したり、録画して動画として広めてくれたおかげで、飛霞自治州内ではレオの思想に共鳴する住民が大勢出てきています。特に、〈ノー・エッジ〉の影響が強い地域では、住民たちの目を恐れて、各人類種の急進過激派たちも武装暴動や戦闘行為ができなくなり、地域から撤退しました。今ではそれらの地域が鎮静化し、住民たちが協力して旧回線や旧システムを復活させ、最低限必要なインフラも整いつつあります。自警団のような組織も生まれ、生活をある程度、再建できるまでになっています」
グラディスは、まるで古い記憶を引き寄せるかのように、瞼の裏に映る情景をたしかめるようにゆっくりと頷いた。
「それは……大したものですな」
彼の口調には率直な賞賛が込められていた。レオがさらに一歩踏み込む。
「エイジは信用できる男です。〈ノー・エッジ〉と“混ざり者の隠れ家”とが連携できれば、活動を広げていけるのではないかと思うんです」
グラディスは一瞬だけ目を閉じると、まっすぐにレオを見つめ返した。
「私の一存で勝手に決められる話ではありませんので、少々お時間を頂けませんか?」
言葉を終えると同時に、グラディスは室内の端末に指示を送った。数分と経たずに、アジト全体に非常音ではない静かな通達音が響き、すぐに“混ざり者の隠れ家”の幹部クラスが緊急会議のために招集された。




