表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第二章 呼び声
14/223

第一節 閉ざされた円卓 1

 愛知湾岸中央水産研究所内の第六小会議室は、いつになく沈黙に包まれていた。


 ここは、湾岸中央水産研究所に設けられた「種別調整会議」の定例の場。構成員は、いずれも〈みなし超人類〉と認定された現生人類の職員たちである。


 レオを除けば、彼ら全員が遺伝子改変を一切受けていない両親のもとに生まれた、純粋な現生人類だった。それにもかかわらず、いや、それゆえにか、彼らの知能指数は常人の領域を遥かに超えていた。


 壁面には情報端末が等間隔に並び、空調音だけがわずかに耳を撫でている。


 大川戸レオは、ガラス製のドアを静かに押し開けた。だが、その足音を背に振り返る者は誰もいなかった。


 部屋の中央には、円卓型のデジタル会議テーブルが設置されている。その周囲に、主任研究員の矢代、データ管理責任者の奥寺、環境モニタ班の岸谷ら、計八名が着席していた。だが、彼らはレオに視線を向けないまま、すでに始まっていた議題を進行していた。


「次に、人工プランクトンの成長速度について。昨年度比で8.2%の変動がありますが……」


「それ、超人類側の水温調整プロトコルが関係してる可能性は?」


 レオは、声を整えて言葉を挟んだ。


「失礼します。それに関しては先週、〈第二湾〉の超人類班と共有したデータがあります。必要であれば今、引き出します」


 一瞬、場が止まったように思えた。


 だが矢代は、まるでその声が空気中に消えたかのように無反応のまま、会話を再開した。


「まあ、温度調整の件は後回しで。次、外部アクセスのログ監査だけど……」


 レオの端末にリンクされたディスプレイだけが、無言のまま微かな光を灯していた。何の指示も、求めも、返答もない。手元に整えた資料は、開かれることすらなかった。


 会議室の空気は次第に重く、湿り気を帯びていく。人工海水のような、閉じた匂い。それは、海ではなく、人の隔たりそのものだった。


 レオは、表情を変えずに座っていた。微笑みすら浮かべることもなく。言葉を奪われたのではない。ただ、言葉を使うべき「場」が与えられていないのだと、彼は理解していた。


 まるでそこに「存在していない」かのように、会議は静かに進行していった。


 会議が終了したのは、予定より二十分ほど早い時刻だった。


 誰からともなく椅子が引かれ、電子書類のファイルが端末から消去されていく。会議テーブルの中央に表示されていたホログラフィックのロゴがフェードアウトし、無機質な天井照明がその光を取り戻した。


 レオも静かに席を立つ。彼の存在は、終始最後まで「議題の外」に置かれたままだった。


 部屋を出ようとしたそのとき、矢代が声をかけてきた。


「……ああ、大川戸くん。ちょっとだけ、いいか」


 レオはわずかに顎を引いて足を止める。矢代は会議室の外、誰もいない廊下へと彼を導いた。


「気にするなよ。ああいう場じゃ、タイミングってのがある。皆もさ、君を排除したいわけじゃない。ただ……分かるだろう?」


 その口調は穏やかだったが、言葉の端々には微かな防衛線があった。


「分かります。僕は……現生人類の分類に属していても、“純粋種”じゃない」


 レオは、努めて淡々と答えた。矢代の目がわずかに揺れたが、すぐに視線を逸らした。


「悪く思うな。これは、現場の統制上の問題なんだ。超人類との共同プロジェクトが多すぎて、現場の意思決定がブレる。で、君の立場がちょっと、ややこしく見えるだけさ。……それだけだ」


 それだけ。


 その言葉の簡潔さが、逆に全てを物語っていた。


 矢代は、それ以上何も言わずに立ち去った。廊下の奥で誰かとすれ違い、軽く会釈して、やがて角を曲がって見えなくなった。


 レオはしばらくその場に佇んでいた。ガラスの壁越しに差し込む冬の光が、白い床に長く影を伸ばしていた。


 そのまま中央研究棟へ戻ろうとした時だった。向こう側の廊下から、一人の女性研究員が歩いてきた。超人類班の上級研究員、アイラ・クォート。拡張神経網と量子思考補助装置を有する、正規の第三世代トランス・ウルトラ・ヒューマンである。


 彼女はレオの姿を見ると、ほんの一瞬だけ歩みを緩めた。だが、言葉も視線も交わすことなく、そのまますれ違っていった。


 無言。無表情。必要のない存在に対する、それ以上でも以下でもない反応だった。


 ――風景の一部。


 レオの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。誰かにとって、自分という存在は単なる装飾、空間の片隅に据えられた“誤差”でしかないのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ