第十四節 沈黙のアクセスハッチ 2
レオは言った。
「まだ俺が小さい頃のことだ。父の書斎に入って、棚の隅からアルバムみたいなものを引っ張り出したことがある。ページをめくっていくと、研究仲間らしき人たちと並んで写ってる父の写真があった……その中の一枚に、このマークと似たものが写っていたんだ」
記憶の中にあるのは、古びた印画紙に焼き付けられた一枚の写真だった。
無機質な研究施設の前で撮影された集合写真。中央に立つのは、若かりし頃の父、シリウス・ゼノン・アーク。
その胸元に、今まさに画面に表示されているこのマークが、かすかに記されていた。
「裏に“分岐前の思索者たち”って書かれていた。まだその言葉の意味も分からなかったけど、妙に印象に残ってて……今、ようやく繋がった気がする」
「分岐前の思索者たち……」
ミナトがその名を繰り返す。そして呟く。
「人類を四つに分ける今の体制そのものに異を唱えた、統一政府内の異端の思想集団。共存を目指し、種の境界を越えようとした人たち。同調する民間人の技術者たちもいたと聞く。けど、政府にとっては危険思想と見なされた」
「存在そのものがなかったことにされたと父から聞いてたが……その後、彼らがどうなったのかは、聞いても教えてくれなかった」
レオはそう言いながら、どこか遠いものを見つめるような眼差しになった。
「彼らが今も生き延びていて、登録不能者たちを保護しているのだとすれば――」
エイジが静かに言葉を継いだ。
「俺たちの目指す理想とも、恐らく重なる」
「危険はあるけど……会って確かめる価値はあると思う」
ミナトの瞳に、決意の色が灯る。
「本当なら、俺も一緒に行きたい。でも、今はリーダとしてここを守らなきゃならない。すまない」
エイジが申し訳なさそうに言った。
「いい報告を持って帰ってくる。そう信じて待っていてくれ」
レオは小さく微笑み、視線をもう一度、あの謎のロゴへと戻した。その目には、父の理想の痕跡を辿ろうとする確かな光が宿っていた。
「もしも、彼らが信用のおける人たちで、俺たちと同じような思想で活動しているのであれば、是非、連携したい。少しでも争いをなくしたいんだ。そのことをあちらにも伝えてきて欲しい。それでいいよな?」
エイジが問いを投げかけると、しばしの沈黙が室内を満たした。
その静けさの奥に、それぞれの胸中を巡る葛藤の波が見え隠れしたが、やがて一人が小さく頷き、それが連鎖するように、次々と声が上がり始めた。
「もちろんだ、エイジ」
「争いを避けるためなら、俺たちにできることは何でもするよ」
「同じ理想を掲げる者となら、手を取り合うのは自然なことだ」
誰の声にもためらいはなかった。一つの思いで結ばれていた。反対意見を述べる者はなく、懸念を口にする影もなかった。むしろ、皆の眼差しには、深い理解と、目の前に開けたわずかな光明への期待が宿っていた。
頬を引き締めながらも、心なしか表情を和らげたエイジは、彼らの思いをしっかりと受け止めた。
もはやこの場に、対立や不信の色はなかった。
未来への道筋が、静かに、だが確かにそこに描かれ始めていた。
「あなたたちの思いはよくわかった。必ず伝えるから、安心して」
ミナトが約束した。
 




