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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第六章 新たなる人類の夜明け――境界に立つ者たち
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第十三節 火種と鋼

 四つの人類種の共存と融和を訴えたレオの演説は、その高邁な理想とは裏腹に、現実には大きな混乱を招いた。


 境界人と非境界人とのあいだで衝突が激化し、それが引き金となって全人類種間の対立激化へと発展した。飛霞自治州はその煽りを受け、ついには政府機能を喪失し、無政府状態へと陥った。


 だが、世界のすべてが絶望に染まっていたわけではない。混乱のただなかで、異なる光が静かに灯されていた。


 「バウンダリーズ・ムーブメント」と呼ばれる新たな市民運動が、レオの思想に共鳴するかたちで各地に広がり始めていたのだ。


 トランス・ウルトラ・ヒューマンと現生人類の子どもたちが、同じ教室で机を並べる風景。


 教育はAIを介して端末越しに行われており、本来、能力差によって教室や学校を分ける必要はない。


 にもかかわらず、長らく人類種別によって区切られていた教育の場を、統合しようとする新たな試みが始まっていた。


 超人類が、生身の身体と心に宿る痛みについて語り、機械人類が自身の生活と感情について語る──そんな、人類種間の違いを理解し合う自助グループが、各地で静かに増えている。


 かつては、違いが強調され、互いの異質性ばかりが叫ばれていた。だが今は、その違いを認め、共に生きようとする声が、少しずつではあるが確かに広がりつつある。


 種族の違いを越えて愛を育んできたトランス・ウルトラ・ヒューマンの女性が、機械人類の恋人と芝生の上で並んで座り、笑顔でインタビューに応じている。


 それらは、どれも小さな日常の一幕にすぎない。けれど、そのすべてに、人類の未来へと向かう確かな希望があった。


 だが、この混乱のただなかで、もっとも大きく揺れていたのは、皮肉にも世界の均衡を司るはずの統一政府自身だった。


 中央官房棟――都市制御特化型AIイオタによって制御された首都圏セクター・ゼロの地下最深部。


 生体認証と複数のパスコードを要する扉の奥、灰色の光が壁面を撫でる会議室では、限られた者だけが出席を許された非常対策会議が連日開かれていた。


 出席者は二十名足らず。


 すべてが将官級以上の要職者であり、その大半は人類種間のバランスを見極めてきた老練の政治家や官僚だった。


「このままでは、統治構造そのものが崩壊する」


 口火を切ったのは、統一評議会の筆頭補佐官を務めるイレーヌ・ラグランジュだった。トランス・ウルトラ・ヒューマンとされる彼女は、その明晰さで知られていたが、今は額に深い皺を寄せていた。


「飛霞の崩壊は氷山の一角にすぎません。人々の心が境界の廃止に傾きつつある。秩序とは強制ではなく、信認の上に成り立つものです」


 彼女の言葉に、隣席の中年の男が頷いた。機械人類出身の内務局副長官カーン・フリードリッヒだ。彼はスクリーンに映し出された各地の市民運動の増加傾向を指し示しながら、続けた。


「バウンダリーズ・ムーブメントの広がりは想定以上です。いずれ法体系そのものを変革する圧力となる。レオ・アーク――彼の存在は、もはや単なる個人ではない。我々が想定していた“境界”という構造そのものに、決定的な亀裂を生じさせたのです」


「ゆえにこそ、象徴とするべきだ」


 別の席から、静かだが芯のある声が上がる。声の主は、超人類の代表格にして統一法典起草委員のひとり、アメシス・カロン。透き通る義眼の奥に、冷ややかな理性が灯っていた。


「我々は時代に遅れてはならない。統制ではなく、秩序の再構築を選ぶべきです。レオのような個体を“例外”として排除する時代は終わった」


 だが、そのような穏健派の提案に対し、会議の後半には鋭い反論が飛び交い始めた。


 強硬派の筆頭とされる、治安監察局総監のヴィルヘルム・カイゼル――超人類系の元軍人であり、鋼鉄の意志で数々の叛乱を鎮圧してきた男だった。


「理想論に逃げる時期は、もう終わりだ」


 彼は重々しく立ち上がり、テーブルの中央に投影された人口分布図と種別別の犯罪率統計を指し示した。


「境界人とは、不確定な変数だ。統治アルゴリズムが予測不能な要素に侵食されれば、各AIの運用も危うくなる。最悪の場合、暴動は連鎖し、国家の機能が失われる」


「境界を曖昧にすることが、結果的にすべての秩序を破壊するのだ」


 別の席では、機械人類系の倫理統制局副官ロイド=ナシールが低く呻くように言った。彼の発言は常に慎重であるが、その分、どこか冷徹であった。


「今こそ、秩序の再定義が必要だ。“再統制計画”を起動すべき時が来た」


 再統制計画――それは長らく秘密裏に準備されていた、特別立法群からなる包括的管理システム再構築案であった。


 その中核に据えられているのは三本の柱である。


 一つ、思想監視網の再構築と強化――AIによる個人の言動・閲覧履歴・会話内容の常時監視、および潜在的反逆思想のアルゴリズム的スクリーニング。


 二つ、IDチップの全人類種への義務化――出生時あるいは遺伝子登録時に生体インプラントを埋め込み、移動、購買、通信などの行動履歴をリアルタイムで把握可能とする。


 三つ、遺伝子情報に基づく市民分類制度の再導入――現生人類から機械人類までを再び遺伝子特性別に区分し、公共サービスや居住区の制限、教育機関の振り分けを可能とする。


 それは、かつて地球上に存在した「管理社会」の輪郭そのものだった。いや、それ以上に徹底された、露骨な社会的選別の復活である。


 もはや“亡霊”ではなかった。強硬派の机上でその構想は血肉を持ち、法案草稿は既にAIによって整形されていた。唯一足りないのは、発動の口実――つまり、大義名分だけだった。


「混乱を招いたのは誰だ? 境界人と、それを煽動したレオではないか」


 ヴィルヘルム・カイゼルの声は会議室の重苦しい空気を貫いた。


「彼を英雄とするなど、統一政府自ら、自らの首を締める愚行に他ならん」


 その言葉に対し、誰もすぐに反論はできなかった。穏健派の中にも、内心で揺れている者は少なくなかったのだ。


 レオを時代の象徴とするか、それとも再び「秩序」の名のもとに封じ込めるか。


 統一政府は今、分水嶺の只中にあった。

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