第十一節 失踪 ――後編:カミーユが託したもの 4
彼は通信端末にアクセスした。使用回線は旧式で、応答にわずかな遅延が生じる。
空中に透明なスクリーンが浮かび上がり、接続先へのリンクが走る。画面に表示されたのは、世界屈指の動画配信チャンネル――フォロワー一億三千万、動画の平均再生数は数千万を超える影響力を誇る「ヴェリタス・アイ」だった。
レオが初めて顔を出して演説を行っチャンネルだった。
まもなく、スクリーンにあの男が現れた。この前と同じく、無精髭にぼさぼさの黒髪、無地のTシャツにくたびれたジャケット。風采こそ冴えないが、舌鋒鋭く真実を暴いてきた発信者だ。
『おっ、大川戸さんじゃないか。どうした?』
軽快な口調は相変わらずだが、その奥にある誠実さをレオは知っていた。
「友人のカミーユから託された情報がある。拡張子を見ればわかると思うが、視聴には専用のヘッドギアが必要だ。できれば、そちらのチャンネルで配信してほしい」
レオはデータファイルを送信する。転送には少し時間がかかったが、やがて送信完了の表示が出た。男はヘッドギアを装着し、黙って視聴を始める。
しばらくの沈黙。やがて、彼の目が大きく見開かれた。
『……これ、マジで? あんた、いったいどこからこんな爆弾拾ってきたんだ? そのカミーユって何者だよ? これが広まったら、大騒ぎどころじゃ済まないぞ』
驚愕に満ちた声がスクリーン越しに響く。
「そのカミーユだが、今は政府に囚われていて、所在がわからない。名前を出しての配信は危険だ。彼女の身を守るためにも、情報源は伏せてほしい」
『了解。そこんとこは俺に任せとけ。絶対にバレないようにする』
男は軽く請け負ったが、レオはその言葉を疑わなかった。彼は“信用”という無形の価値でここまで登ってきた男だった。
「本音を言えば、今みたいに反政府感情が高まってる時に、こういう情報を出すのは怖い。政情不安が進めば、武装暴動がもっと酷くなる。無関係な市民が巻き込まれるのは避けたいんだ」
レオの声には真摯な懸念が滲んでいた。
『俺だって、世の中かき乱したくてやってるわけじゃないよ。だけどさ、見過ごせないことってあるだろ? おかしいことをおかしいと言える場所を作るのが、俺の役目だと思ってる』
言葉には熱がこもっていた。
『あんたもカミーユって子も、自分の信じたことをやっただけだ。俺はそれを、世界に届けたい。それだけさ』
「……ありがとう。そう言ってもらえると、救われるよ」
『ただし、このままの映像じゃ彼女が特定されちまう。身バレ防止のために、必要最小限の加工を入れる。それだけは了承してくれ』
「構わない。頼む」
『了解。じゃあ、その子の願い――俺のチャンネルで、しっかり世界に届けさせてもらうよ』
こうして、カミーユが命を懸けて集めたデータは、世界中の視聴者のもとへ配信された。
統一政府は即座に「捏造された虚偽情報」であると公式声明を発した。しかし、それが逆効果だった。映像の内容は、実際に政府が過去に行ってきた異常な行動を克明に示すもので、否定すればするほど信憑性が高まった。
元政府職員や協力していた科学者たちからの内部告発が相次ぎ、ついには現役官僚の口からも証言が飛び出す始末だった。国際世論の激しい非難にさらされた政府は、やがて反論すら放棄し、件の映像と情報には一切触れなくなった。
それはすなわち、政府が自らの罪を暗黙のうちに認めたということだった。




