第十一節 失踪 ――後編:カミーユが託したもの 3
第一アジトに戻ったレオとミナトを出迎えたのは、いつものように無駄のない動きと鋭い視線を持つリーダー・エイジだった。アジトの天井には仄暗い蛍光灯が沈黙を抱えたように揺れ、緊迫感を帯びた空気が立ち込めていた。
「エイジ、主要メンバーを集めてくれ」
レオの一言に、エイジは即座に頷いた。
「了解。緊急会議だな」
彼は手元の端末に操作を施し、内部通信を走らせる。間もなくして、薄暗い会議室にメンバーたちが次々と姿を現した。
机を囲むようにして座ったのは、〈ノー・エッジ〉の中核を担う者たちだった。戦術担当、技術者、情報解析係、医療サポート、政治戦略部門──いずれも信頼と実力を兼ね備えた面々である。
「みんなに見て欲しいものがある」
レオは、静かに口を開いた。声に熱はこもっていたが、冷静だった。
「これはカミーユという俺の友人が命懸けで集めてきた情報だ」
彼はそう言いながら、円卓に並んだ者たちに一つずつ専用ヘッドギアを手渡していった。
装着が完了した瞬間、それぞれの意識に再生され始めたのは、ある少女の記憶そのもの──感情、思考、神経反応を含んだ「主観体験ログ」だった。
映像はまるで、カミーユ自身の目を通して見る世界。彼女が見たもの、聞いたこと、そして感じたもの──そのすべてが、観る者の脳を通じて、生々しいリアリティをもって流れ込んでくる。
飛霞自治州全域に密かに張り巡らされた違法な監視網。
通行人の無意識下で記録された脳波パターンが、何者かの手によって“操作可能な条件”へと組み換えられていた。
市民に気づかれない形で施行される神経刺激──人々は、まるで知らぬうちに感情の選択肢を奪われていた。
さらに、法の下の平等が嘘であると明示された文書。
そこには、現生人類、超人類、トランス・ウルトラ・ヒューマン、機械人類によって“適用範囲が異なる”新法案の改定案が記されていた。表向きの立法文書では省かれていた部分が、裏の通達として明記されていたのだ。
そして、最も衝撃的だったのは、その先の映像だった。
遺伝子構造、思想傾向、過去の行動履歴、家族背景などに基づいて分類された、「消去対象リスト」。
それは、かつての粛清と呼ばれるものの再来を思わせる。
そこには複数の名前、ID、顔写真とともに、「優先削除」「無条件拘束」「社会的死を促す心理工作プログラム」といったタグが並んでいた。
しかも、その文書には、統一政府直属の機関名と責任者の署名が確かに刻まれていた。
「……こんなことが行われていただなんて、信じられない……」
最初に声を漏らしたのは、リーダーのエイジだった。普段はどんな脅威にも動じぬ男の顔が、青ざめていた。
他のメンバーたちも言葉を失い、それぞれ異なる反応を見せた。
怒りに顔を紅潮させ、拳を握りしめる者。
目を伏せ、唇を噛みしめながら涙を堪える者。
疑念を捨てきれずにただ呆然とする者。
だが、共通していたのは──「こんなことは許されてはならない」という、全員の胸の奥に灯った一つの炎だった。
「これを世間に公開しようと思うが、意見を聞きたい」
エイジが低く言った。
「こんなもの、世の中に出さなきゃ意味がない。どんなリスクがあろうと、全人類に真実を知らせるべきだ」
「同意する」
異論は出なかった為、レオは頷き、すぐに行動に移った。




