第八節 境界人全面攻撃計画 1
レオはミナトを伴いながら、連日、日に何度でも、時間が許す限り演説の場に立った。
アジトには日々、飛霞自治州の各地から多様な情報が届いていた。
〈ノー・エッジ〉の構成員たちは、自らの足で得た現地の証言や、密かに送られてくる映像データ、傍受した通信などを持ち寄り、全体像を編み上げていた。
それにより、どの区域が武力衝突の余波に晒されているのか、どの街がどの人類種による統制下に置かれているのか、どの村が人類種によって閉鎖されたのか——地域ごとの状況が明確に浮かび上がりつつあった。
自治州内の正確な情報を掴むことは、活動していく上では非常に重要だった。
最初、レオの語りかけは、自身と同じように境界に立たされていた“混ざり者”たちにのみ届いていた。
アイデンティティの断絶、社会からの排除、いずれの人類種にも属さないという孤独——それらを共有する彼らにとって、レオの存在と言葉は唯一の灯火だった。
だが、時を経るごとに、その響きは変容していった。
演説には必ずミナトが寄り添い、彼はときにレオの隣で静かに頷き、ときに前へ出て、少年の言葉を補うようにして語った。
ミナトの声は落ち着いていて、理知的でありながらも、どこか懐かしさを帯びていた。機械でも超人でもなく、人間の温度を残したその口調は、機械人類の中にも静かな波紋を広げていった。
そしていつしか、演説を聞こうと集まる者たちの中に、現生人類の老いた母親が加わるようになり、超人類の若者が、あるいはトランス・ウルトラ・ヒューマンの学者が、機械人類の護衛兵士が、その場に足を運ぶようになった。
レオの言葉は、種を超えて“人”に届く言葉へと成熟していった。
「僕たちは、分断のために生まれたんじゃない。違いを超えることができるなら、それは祝福なんだ」
それは幼さを残しつつも、真摯で揺るがない信念のこもった声だった。誰かに何かを押しつけるのではなく、ただ希望を訴えるための言葉。その在り方が、多くの人々の心に作用した。
こうして、アジトには日に日に新たな来訪者が現れた。誰もが最初は沈黙を守っていたが、やがて一人、また一人と語り出し、互いの境遇を明かし、対話の場が自然と生まれていった。
支持者の増加と共に、〈ノー・エッジ〉の活動拠点もまた自治州内にいくつも設立された。
それらは武装拠点ではなく、情報と対話の拠点であった。
小さな広場、廃墟となった集会所、使われなくなった地下シェルター——それぞれの場所に手が加えられ、住民たちの手によって整えられていった。
そこでは、誰もが武器を持たず、思想を強制されることなく、異なる存在と向き合う場として機能していた。
やがて、飛霞自治州のあちこちで、人々は〈ノー・エッジ〉という名前を囁くようになった。
それは単なる反政府組織の名ではなく、「武力を使わず、対話によって共に生きることを選ぼうとする者たち」の象徴へと変わっていった。




