第七節 ノー・エッジ(No Edge)との出会い 3
その間、レオは決して公の場に姿を現さなかった。境界人の象徴でありながら、沈黙を貫いた。だが、その沈黙は逃避ではなかった。彼は、静かに、確かに、覚悟を定めていた。
動画プラットフォーム『ヴェリタス・アイ』を通じて、素性を明かし、顔も出して融和を訴える演説動画を配信させた後、レオはミナトを伴って州内を歩いて回り、駅前広場や人の集まる商業複合施設前で、積極的に融和を解く演説を行うようになった。
また、武装暴動の頻発により社会全体が混乱し、カミーユの失踪調査も次第に難航しはじめていたが、それでもミナトやハク、その他の仲間たちと連携しながら、可能な範囲で調査は続けられていた。
その中で、わずかながら判明したことがある。プログラミングとセキュリティに精通した仲間が、第七調整区画にある唯一の出入口ゲートの監視カメラ映像と、出入者の統一個体識別コード(UIC)のログ記録を解析した結果、EMP放射からカミーユの失踪が明らかになるまでの空白の時間帯に、怪しい出入りの痕跡がまったく見られなかったのだ。
その事実によって、むしろカミーユがどのようにして施設を出たのか、あるいは本当に第七調整区画の外に出たのかどうか、その謎はいっそう深まることとなった。
街中での演説を始めて五日目のことだった。
その日は、寒空の下、広場には小さな人だかりができていた。
電子掲示板の影に隠れるようにして設けられた簡易ステージ。立ち止まる者はほぼ混ざり者だけで、ほとんどの人々は足を止めず通り過ぎる。だが、彼の声に耳を傾ける者は、確かにそこにいた。
レオはマイクなど使わなかった。
ただ生身の声で、言葉を紡いだ。強い語調ではなかった。だが、それが逆に、広場に染み入るように届いていた。
「俺の名前は、大川戸レオ。父はアンドロイドで、母は現生人類だ。4つの人類種のどれにも属さない混ざり者だ。だが、俺の身体には全て人類種の因子が混ざっている」
ざわめきが走った。
「俺は、どの人類種の基準も満たさない。どの人類種も選べない。だが、見方を変えればこうも言える。全ての人類種を渡す架け橋でもある、と。境界を繋ぐ存在、それが俺だ。境界は、誰かが引いた線にすぎない。俺はその線を、声で消したい。武器じゃなく、言葉で。人間は、生きている限り、人間なんだ」
誰かが思わず「……馬鹿な」と呟いた。だが、その隣で立ち尽くした若い女性が、拳を握りしめていた。
「俺は闘わない。武器を持っても、対立はなくならない。俺はただ、語る。言葉で、思想で、未来を繋ぐ。それが俺の戦いだ」
拍手しているのは混ざり者だけだった。しかし、現生人類や超人類、トランス・ウルトラ・ヒューマン、機械人類の聴衆の中には、ごく少数だが、熱いものを胸に感じている者もいた。
レオは軽く一礼し、ステージを降りた。冷たい風が頬を撫でる。ミナトがレオに駆け寄る。
その時だった。
人混みの中から、ひとりの青年が声をかけてきた。
「心に染み入る、とてもいい演説だった」
レオとミナトが足を止めて顔を向けると、そこには三人の男女がいた。
年齢も種も、どこかばらばらに見えた。だが、その目の奥に宿る熱は、同じだった。
「俺たちは〈ノー・エッジ〉と呼ばれている。反武装の境界人たちの小さな集まりだ。今はまだ、ほんの情報の断片を拾い、何が起きているのかを自分たちの目で確かめようとしている段階だ。だが――君が言った“語る戦い”。あれこそが、俺たちの求めていた道だ」
レオはしばし沈黙した。
その姿に青年が続ける。
「俺たちは、君の言葉に動かされて活動を始めた。分断を、もうこれ以上放っておけないんだ。君が必要だ。象徴としてじゃない。同志として」
「名前は?」
レオは、静かに問うた。
青年は迷いなく名乗った。
「長門エイジ。母親は現生人類、父親は機械人類に近い強化を受けた超人類の混ざり者だ」
それが反武装の境界人グループ〈ノー・エッジ〉(No Edge)との出会いだった。




