第六節 境界人たちの夜 1
夜の飛霞自治州。都市という器の内部で、静かに、しかし確実に何かが軋みはじめていた。
電力制御が乱れた街灯が、一定の間隔で明滅を繰り返す。それはまるで、都市の神経が痙攣しているかのようだった。
光の届かぬ路地裏では、人間の定義から外された境界にいる者達が、その定義を崩そうとする動きを起こしていた。
小さな広場。地面の人工芝は剥がれ、その中央には、ホログラム再生機が設置されており、そこから浮かぶレオの声明動画が、青白い光で彼らの顔を照らしていた。
そこに集まった十数人の若者――現生人類と超人類の混血で、基準値を満たさなかった者。
トランス・ウルトラ・ヒューマンと機械人類のハイブリッドで、いずれにも分類不能とされた者。
遺伝子編集の過程で、人類四種のいずれにも該当しなくなった少年少女。
分類可能であるにもかかわらず、制度的な理由から“登録保留”にされ続けた存在――生まれた経緯も、姿かたちも異なっていた。
彼らは、レオの言葉に初めて自分たちの輪郭を見た。
「“境界人”って、誰が最初に言い出したんだろうな」
スピーカーの端に腰かけた青年が言った。首の後ろにはアクセスポートが埋め込まれ、眼球には微細な補助レンズが埋設されている。だがその声には、どこか人間らしい乾きが滲んでいた。
「今流れてるレオの言葉がきっかけだよ。あの人、言ってただろ。“境界にある人々”って。あれを誰かが縮めたんだ」
傍らにいた少女が答える。透き通るような声だった。
胸元に見える細い医療用チューブは、彼女の出生が管理型遺伝子育成によるものであることを物語っていた。
遺伝子育成とは、人間の受精卵や遺伝情報を人工的に操作し、特定の形質(知能、身体能力、感情調整など)を強化・調整した上で育てる技術である。
自然な妊娠・出産を経ることなく、全ての発育過程を人工環境下の装置や施設で完結させるものだ。
自然繁殖では得られない、目的別に最適化された人類個体を創出するために発展したこの非人道的技術によって生まれた者は、法的には人類として認められていない。
彼女は統一個体識別コード(UIC)すら付与されていなかった。
誰かが動画の再生を止め、他の誰かがため息をついた。
集いに参加した若者たちは、知り合いや友人にレオの話題を振る。振られた彼らも知り合いや友人に同じことをする。しかもこうした集いは自治州内の様々な都市で行われていた。
こうした拡散の再生産によって、あっという間に情報共有のネットワークができあがる。情報共有に使用されたのは、都市の地下網、現在は未使用の旧交通システムの制御端末、廃棄された通信ノード……etc。
誰かが場所を提供し、誰かが送られてきたコードを解読し、誰かがただ「ここにいる」と呟いた。
最初は十数人だった彼らは、ごくわずかの期間に、数百、数千、数万人へとつながっていった。飛霞自治州の夜に、新たな“声のかたち”が、波紋のように広がっていく。




