第五節 声のかたち 3
窓の外には、冷たく乾いた冬の風が吹いていた。雲が低く垂れこめ、街全体が薄灰色に沈んでいる。リビングの照明は暖かさを保っていたが、空気の張りつめた静けさが、三人の間に流れる話し合いの重みを際立たせていた。
レオは身体を屈め、思案に沈んでいた。その横ではミナトが、そして向かいのソファには、真凛が静かに座っていた。彼女は両手を膝に重ね、息子の言葉を待っている。
「これから……どうするつもり?」
ミナトの静かな問いかけが沈黙を破った。レオは一度、息を深く吸い込んでから答えた。
「まずは……きみが持ってきてくれた“シリウス計画”の暴露情報を、どう扱うかを決めないと」
その声は低く、しかし芯のある響きを持っていた。ミナトは一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに言葉を返した。
「そんなの、すぐにでも公開した方がいい。事実を世の中に知らしめなきゃ、何も変わらない」
その言葉に、真凛の瞳が微かに揺れた。しかし彼女は、すぐに視線をレオに戻す。ただ見守る母のまなざしで、何も口を挟もうとはしなかった。
「いや……逆だ」
レオはゆっくりと首を横に振った。その瞳には冷静な理性が宿っていた。
「今の世界は、不信感で満ちている。統一政府に対する不満、異なる人類種に向けられる激しい憎悪と分断。そんな中で、シリウス計画みたいな“人類種を超える統合計画”の存在を明らかにしたら――」
彼は言葉を切り、目を伏せた。
「――火に油を注ぐだけだ。混乱は拡大し、むしろ分断が深まるかもしれない。反政府テロすら起きかねない」
「……その見立てにも一理あるわね。じゃあ、“頃合いを見計らって”ってことね?」
ミナトの声は、どこか落ち着かない。しかし、それでもレオの判断を否定する調子ではなかった。
「そうだ。いまは、まず落ち着かせるのが先決だと思う」
その時、真凛が初めて口を開いた。声は穏やかで、しかし深い温かさをたたえていた。
「レオ、あなたの考えを聞けてよかった。私は……あなたが自分で道を選ぼうとしていることが、何より大切だと思っているわ」
レオは顔を上げ、母を見る。真凛の眼差しは揺るぎなかった。
「それでも……ひとつだけ言わせて。私は、シリウス計画は暴露すべきだと思ってる。世界に真実を伝えること、それは未来を築く第一歩になる。でも、あなたの言う“今じゃない”という判断には、納得できる。人々の心が、受け入れる準備を整えるまでは、焦らない方がいい」
ミナトもまた、小さく頷いた。どこか納得しきれない表情ではあったが、レオの言葉に誠意を感じ取っていた。
レオは椅子から身を乗り出し、言葉を継いだ。
「今、早急に手を打つべきなのは、この世界を覆っている“人類種間の分断”だ。人類は四つに分かれて、互いに信頼せず、いがみ合ってる。それが最大の危機だ」
そして、彼はほんのわずか口元に力を込めた。
「だから……ぼくが、シリウスの子だということを明かす。そして、父が求めた共生と融和を、あらためて世界に呼びかけたい」
ミナトは目を見開いた。しかし、その目に浮かぶのは驚きだけではなかった。やがて、彼女は微笑む。
「……いいと思う。実際、世間では“シリウス・ゼノン・アークの息子”は、融和と共生の象徴みたいに言われてるし。そうした言説を利用するのも、悪くない」
真凛もまた、穏やかに微笑んだ。
「ええ、それに……あなた自身が、その象徴になろうとしている。私は、そんなあなたを誇りに思うわ」
リビングに静けさが戻る。だが、それはただの沈黙ではなかった。三人の心が、一つの方向を見つめはじめたことを示す、静かで確かな、未来への静寂だった。




