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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第六章 新たなる人類の夜明け――境界に立つ者たち
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第五節 声のかたち 1

 冷たい風が飛霞の街を吹き抜けていた。


 冬の夜は深く、ビル群の間に浮かぶ月が、銀白の光で地表を淡く照らしていた。鉛色に沈んだ空は雲に覆われ、星の姿は一つとして見えない。だが、その虚無のような夜空の下にも、帰るべき家と、そこで待つ声がある。


 静かに、玄関のロックが解除された。柔らかな電子音が小さく響き、玄関の扉が音もなく開かれる。


 コートの裾が揺れ、ヒールの音が廊下を控えめに叩く。その足取りの主――真凛は、上着の襟を指先で軽く整えながら、疲れの色を浮かべたまま家の奥へと進んでいった。


「ただいま」


 穏やかな声だった。日常のなかに自然と溶け込む、変わらぬ帰宅の挨拶。しかし、その言葉に返されるはずの声は、どこにもなかった。


 代わりに、リビングに漂っていたのは、異質な静寂だった。


 それは、偶然の沈黙ではない。誰かが何かを待っていたときにのみ訪れる、重く深い沈黙――沈黙という名の決意の気配だった。


 扉の向こうにあった光景に、真凛はふと足を止めた。


 ソファの前に、二つの人影があった。ひとつは見慣れたもの、息子のレオ。そしてもうひとつは、見知らぬ若い女性。整った顔立ちのその女性は、静かな目をしていた。何かを決意した者の、凛とした眼差しだった。


「初めまして。私はレオ君の勤め先、第二研究ブロック――人工水生生命体部門の統括責任者で、主任研究員の篁ミナトと申します。一応、上司なのですが……レオくんとは年齢も近いため、少し親しくさせて頂いております」


 女性は理知的で、それでいてどこか内省的な気配を持っていた。軽く頭を下げた所作も、余計な動きのない洗練されたものだった。


 真凛は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに柔らかな微笑を浮かべた。


「まあ、それはご丁寧に。あなたが……ミナトさんなのね。レオから、時折お話を伺っていたから、存じております」


 互いの間に一礼が交わされ、そして次の瞬間、その空気は揺れた。


 レオが一歩前へ出た。真凛に正面から向き直り、その目に、確かな決意の色を宿していた。


「母さん、話があるんだ。聞いて欲しい」


 声は低く、しかしはっきりとしていた。その声音に、真凛はすぐに気づいた。これは日常の会話ではない。何かが、変わろうとしている。


 レオの口元が、わずかに引き結ばれた。


「彼女が持ってきた情報で……俺は、自分の出生に関わる真実を知ったんだ」


「出生の……真実?」


 母の問いに、レオは一度深く息を吸い込むと、静かに言葉を紡ぎ始めた。


「“シリウス計画”は、父さんや母さんが思っているような、人類種間の融和のためのものじゃなかった。実際には……すべての人類種を超える“新たな種”を創り出し、全人類をその種の下に統合するという構想だったんだ」


 真凛の表情が一瞬で凍りついた。混乱――否、それをも通り越した、認識の崩壊が、彼女の顔に浮かんでいた。


 ミナトが静かに言葉を引き継いだ。


「ご存知の通り、統一政府の内部では、トランス・ウルトラ・ヒューマンと機械人類との間に深刻な派閥争いがあります。今は機械人類が主導権を握っています。トランス・ウルトラ・ヒューマン側は、劣勢を覆すため、“完全に機械と融合した新人類種”を創り出し、それを頂点とする構造を描きました。それが、“シリウス計画”の本質です」


 言葉が終わると同時に、真凛の頬から色が抜けていった。


「……そんな。私は……聞いていた話とは違う……。この計画は、夫のシリウスの共生思想を継ぐもので、レオはその象徴になると……」


「母さんは……騙されてたんだ」


 レオの声には、責めるような色はなかった。ただ、哀しみと、事実の重みだけがあった。


「でも、“レオはシリウスに似せて作られた”って、彼らは……」


「それは嘘ではありません。文書と実験データを見る限り、レオくんが似せられて作られたことは事実です」


 ミナトの言葉に、真凛はほっとした。


「……ただ、高性能アンドロイドの外見と能力に似せてDNAを作成すれば、融合度の高い個体が生まれる可能性が高まります。似せれば似せるほど、成功に近づく。レオくんの存在は、この計画に都合がよかったのです」


 真凛の唇が震えた。視線が揺れ、肩がかすかに震えていた。


 そして、しばらくの沈黙ののち、彼女の頬を一筋の涙が滑り落ちた。


「私は……私は、政府を信じていた。進化政策を担う立場として、科学が人類の未来を導くと信じていた。なのに……自分の息子を“実験”に使っていたなんて……」


 レオは黙って、その母の姿を見つめていた。


 母は泣いていた。己の信念が裏切られ、愛する子をその信念の犠牲にしてしまったことを知った母の、あまりにも深い悔恨だった。


「ごめんなさい、レオ……母親として、気づいてあげられなかった……」


 しばし、誰もが言葉を失っていた。時計の針の音が、かすかに空間を貫いた。

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