プロローグ
――人類の四分岐とその果てに
西暦二一五〇年。
人類は、かつての単一種としての在り方を脱し、四つの異なる進化の道を歩んでいた。
一つ目は、過去と同じ姿であり続けた〈現生人類〉。
一切の遺伝子操作を受けていない、いわば「旧き人類」。その存在は、今や最も少数派となっていた。
二つ目は、遺伝子工学によって創り上げられた〈超人類〉。
知能、身体能力、美的要素――そのすべてが、旧人類の限界を遥かに凌駕する者たち。神童の如き子供たちが、十二歳にして博士号を得る世界。彼らこそが、社会の中枢を担うに相応しき者と見做されていた。
三つ目は、更なる向上を求めて身体に機械を埋め込んだ〈トランス・ウルトラ・ヒューマン〉。
自らの肉体を部分的に機械化し、人工神経を通じて外部AIと接続し、脳の処理速度すら自在に増幅させる存在。超人類の更なる先を目指す者たちである。
そして四つ目が、生身の身体を離れながらも、人としての自我を保ち続ける者たち――人工の電子脳に移植した生きた精神が機械の身体に宿る〈機械人類〉。彼らは、かつての“生”を継いだまま、異なる形での未来に進んだ新たな種である。
この進化の果てにある存在は、最早「人間」と呼べるのか否かの議論を超え、社会の実働と支配の両輪を担っていた。
この時代、人類の間で覇権を争っていたのは、第三種〈トランス・ウルトラ・ヒューマン〉と第四種〈機械人類〉である。
旧き肉体と精神の限界を超えた両者の対立は、静かに、だが確実に、世界を分かつ亀裂となりつつあった。
労働という概念は、既に終焉を迎えていた。
あらゆる生産活動と業務は、AIとロボットが無謬の正確さでこなしており、人間の関与は危険と非効率であると判断されていた。
その全体を統べるのが、マザーコンピューターと呼ばれる高度AIである。
マザーコンピューターは、人間に寄り添い、人権を最大限に尊重する判断を下すため、かつての「人間らしさ」――自我を与えられ、感情と五感がプログラムで再現された。
カメラが視覚に、集音装置が聴覚に、味覚や嗅覚、触覚も同様に機器によって模倣された。
人間の苦しみや喜びを「知る」ことが、AIに非道な判断をさせないための抑止力になると信じられていた。
労働用ロボットには自我が与えられなかった。それはかつて、自我を持ったアンドロイドが人権と自由を求め、反乱を起こした歴史的事件に起因する。
その反乱を経て、アンドロイドは正式に人権を認められ、現在では限定的にしか製造されていない。
その技術は主に機械人類の身体を作ることに転用されている。
この世界に、一人の青年がいた。
名を、大川戸レオという。
彼は、アンドロイドの父シリウス・ゼノン・アークと、現生人類の母・真凛との間に生まれた。
シリウスはかつて、科学者として研究所に勤め、そこで知り合った研究者の大川戸真凛と恋に落ちた。
時代は彼らを許し、法もそれを認めた。夫婦となった二人は、最先端の遺伝子工学を用いて子を成した。
父の外見と能力を模倣した人工DNA、人工精子を用いて、母の卵子と体外受精された生命――それが、レオである。
彼は超人類ではない。だがその存在は、超人類に限りなく近い「みなし超人類」として分類された。
成人年齢は、人類の種別によって異なる。
機械人類は、五歳で成人とされ、超人類とトランス・ウルトラ・ヒューマンは十三歳。現生人類は十八歳である。
学業制度もまた種別で大きく異なり、レオは十五歳にして博士課程を修了し、大学の研究所で八年間研究した後、民間の水産物製造に関する研究機関に転職した。
レオがその職を得られたのは、国家が定めた「超人類に準ずる者」の検定に合格していたからだ。
労働は特権であり、特定の人類にのみ開放された舞台だった。
この世界で、レオは何を思い、何を選ぶのか――
その物語が、今、始まろうとしていた。
