器用で不器用な狐と怖がりで鈍いウサギのおはなし
お世辞にも長いとは言えない手足と小さな尻尾。
昔から褒められるのは逃げ足ばかり。
「可愛い可愛いウサギさん。どうしてそんなに速く走れるんだ」
「んぴぁっ!!?」
そんな身体で逃げ伸びたと駆け抜けた先の角を曲がれば、尖った牙を光らせてキツネ獣人のノレンがその三白眼の瞳を弓形に歪ませニヤリと笑う。
「可愛いなぁ〜。今日も懲りずに逃げられると思ってるんだから」
「ぴゃっぴゃぁ〜……」
軽々と抱き上げられれば、鳴き声とも嘆き声とも……いや素直に泣き声に聞こえるそれとともに縮こまるのは、身体だけでなく長い耳も震えた小柄なウサギ獣人のハルリ。
夕焼け空を背負って告げるノレンの腕から逃げるに逃げられず、ただその視線は右往左往と懲りずに逃げ道を探している。
「な、なんでぇ〜」
「なんでって狐の方が足も長いし脚も速いんじゃないか?」
そんなことはないと直線では引き離した筈だとハルリが言いたくともプルプルと震えるだけでその口は動かない。
「俺が怖いのかな〜?そろそろ慣れそう?」
「な、な、慣れるわけ……」
カタカタと震えたままになんとかそれだけ言えば、ノレンはやっぱり牙を見せて笑いながらハルリを肩に担いだ。
「ぴゃ!?」
「大丈夫。とって喰ったりしないから」
「取って、喰って!!?」
その顔の横の小さな尻尾が逆立つのを見てノレンは楽しそうに笑う。
「怖がりだなぁ〜ハルリは」
「こ、こっわいに決まって」
「獣人は獣人を食べたりしないぞ」
「こ、こればっかりは本能で」
「普通の兎は食べるけどな」
「ぴぇっ!」
小刻みに震えて嘆くハルリからは見えないノレンの唇の端が少し上がりそのまま駆け出せば、ハルリの悲鳴が更に上がるのを聞いてノレンは声をあげて笑った。
そうして暫く走った後、全身に力を入れていたハルリは突然降ろされて、驚きのあまり膝を抱えて小さく震える頭にノレンが優しく手を乗せ撫でると、その身は一度ビクリと震えてから恐る恐るとゆっくりその赤い瞳を開いていく。
「……わぁっ」
「気に入った?」
その光景を見た時、元々丸い目を更にまんまるになるほど見開いたハルリが感嘆の声をあげたのを聞いてノレンが質問すれば、ハルリはやはりまんまるになった瞳のままにその顔を見上げて大きく何度も頷いた。
「ここどこ?」
初めてくる場所だとキョロキョロと見渡すハルリは気付かないが、そのうしろでノレンが嬉しそうな顔をして言葉を返す。
「……とっておきの場所」
「本当にとっておきの場所だぁ〜」
ハルリはゆっくりと立ちあがり、大きく周りを見渡せば一番最初に目に入ったのは可愛いお家。
その壁はハルリの毛のような真っ白に塗られており、そして屋根と窓枠は赤い色。それはまるで物語に出てきそうなお家だとハルリは思う。そしてその周りにはハルリの大好物の人参や豆の畑、それに稲までもある。
「うわぁ、うわぁ〜!」
ただただ感嘆の声を繰り返してキラキラとした瞳を浮かべたハルリがノレンを見上げる。
「これどうしたの!?」
「いや……なんかここにあった」
「え……じゃぁ、誰かのお家なら勝手に食べちゃ駄目だね……」
しょんぼりと耳も肩も下がれば、ノレンはまるで苦しいかのような唸り声を上げた後に呟いた。
「……作った」
「そのお家の人がね」
「じゃなくて、俺……」
目をまたまんまるにして見上げてくるその瞳にノレンは頭をガシガシと掻くと、視線を逸らして言いたくなさげに言葉を繋ぐ。
「……作ったんだよ。全部。俺が。」
「なんで?」
「……」
ノレンは言い淀んでまた言葉を止めたが、真っ直ぐに向けられた目に観念しかたのようにもう一度頭を書くと、
「俺がハルリと過ごしたいから」
「なんで?」
「だからハルリが好きだからだよ」
「えぇ!?」
驚きのあまりその場で飛んだハルリをノレンが捕まえてそのまま抱きあげれば、ハルリはその腕も瞳も優しいことに気がつく。
「え? オイ、まさか知らなかったのか!?」
「知らなかったよぉ」
首を振る様子に「あんなに俺がアピールしてたのに」と拗ねた様子に「されてないよ」と返せば、お互いに「え!?」「えっ!?」と驚きを返す。
「くっついてたろ!?」
「意地悪されてるのかと思ってた」
「笑顔だって……っ」
「牙見せて威嚇してるのかと」
「マジか……」
ノレンはガクリと力なく頭を落とせば、恐る恐るハルリがその頭に手を伸ばして声をかけた。
「なんで」
「……なんでって、そんなもん……」
いつもより口が悪くなっていくのはきっとこちらが素なのだろうとハルリは気がつく。
「……だから、お前が好きだからだよ」
ハルリはその言葉の真の意味を改めて理解するまで暫く固まり、その後また「ぴゃっ」と長い耳と共に丸い尻尾も毛を逆立てると、その頬は真っ赤に染まっている。
「反応遅っ」
「な、なっ、なんでぇ〜?」
「なんでかなんか知らねぇよ。ハルリ見てたら好きだって思っちまったんだから仕方ねぇだろ」
「でも、だからって……」
「だからっても何も同族に笑われながらこうして畑まで耕して……気がつかれてさえいねぇなんて……」
そう言ってまたも肩を落とせば、ハルリはその腕から落ちそうだと驚いてその頭を掴むと、いつもは吊り上がった眉も情けなげに下がっているのが目に入る。
「ふふっ」
「なんだよ」
「キツネさんなのに可愛い」
そう言われて驚くノレンにハルリは自分が何を言ったのか気付いて口を押さえれば、ノレンはニヤリと牙を見せる。
「あの……もしかしてその顔、笑おうとしてる?」
「笑ってんだろ?」
「怖いよ」
「マジか」
そのショックを受けた顔にハルリは思わず笑ってしまった。
「えっと、あのね」
「なんだよ」
「お友達から……なら」
「お友達ですらなかったのか!?」
驚かれてハルリが「え!?」と言えば「え!?」っと返されて、その後2人は目が合うと声を上げて笑った。
「その笑った顔なら怖くないやぁ」
「ハルリ、何げにお前失礼だな」
「お友達になったからねぇ」
クスッと楽しそうに笑うハルリにノレンも自然と同じものを返すと家を見つめ、
「まぁ、あの同じ家に住んでれば好きになるだろ」
「え!?」
「拒否権は無い」
「お友達なのに!?」
「お友達だけど」
そこまでいってその腕に抱いたままのハルリを見つめると、ノレンはその三白眼を細めて笑い、
「俺はそれ以上になりたいからな」
その言葉にまた一呼吸置いてからハルリが真っ赤になって慌て出すが、その腕からは逃れられず、
「お友達だよ?」の声に「まずはお友達だな」と楽しそうな声に連れられて、どこから知ったのかハルリが夢に見ていたような理想の家に入った時、ハルリは思わず感嘆の声を上げた後に、
(ホントに逃げられない気がする……)
そう思ったが、まだ口に出すのは早いとその小さな口をキュッと結んだ。
────…その数年後、森の中の小さなお家でキツネとウサギが仲睦まじく過ごしているというお話が伝わり、種族間のわだかまりを解すキッカケになったというのは、また別の機会にお話しいたしましょう。
獣人の可愛いお話が読みたくて書きました!
が、改めて読んでみればこれ男女カプでもBLとも取れると思い、読者さまのお好きな方でご想像下さい♩
もし「楽しかった〜」など思って頂けたなら、お星様を塗ってくださると次の執筆の勢いに繋がります。
感想等も一言だけでも、とてもとても嬉しいです♩
何よりお読み頂きありがとうございました!