悲しみの歌 1
さぁ、歌を歌いましょう。
加奈は今日もファーリーと家を出て森へ行くと歌を歌った。誰にも遠慮することなく、力一杯歌った。
楽しい歌、優しい歌、春の歌、夏の歌…あの頃歌いたくても歌えなかった歌の数々。
あの頃を思い出して、ふとした瞬間に涙が流れ落ちることもあったけれど、幸せな日々。
加奈が歌い続ける間、ファーリーが、食べ物を集めてくれる。
はじめはなんだかファーリーに申し訳ないな、なんて思っていたけれど、ファーリーから加奈が歌うと、いつもよりいいものが沢山採れる、とニコニコと笑顔で言われたら、気合いを入れて歌うしかない。
歌でいいものが採れるなんてそんなわけない、そう思っても、ファーリーの言葉や笑顔が嬉しくて加奈は歌い続けた。
「カナ、今日の分、いっぱい採れたよ」
いつのまにかすぐ近くに戻ってきていた嬉しそうなファーリーの声で、加奈は歌うのをやめた。
食べ物がたくさん入った籠を抱えたファーリーと連れ立っていつもの家に帰る。
加奈がこの世界に来て、3か月は過ぎた。
その間、加奈はファーリーと二人、木の穴の中のファーリーの家で過ごしていた。
晴れの日も曇りの日も雨の日も、加奈は、歌って、食べて、寝て過ごす。その繰り返し。森の中で食べ物を採取するファーリーが、少し離れた距離に行くことはあるものの、いつもファーリーと一緒に過ごした。
雨の日は以外は森の中で。雨の日は木の穴の家の中で。加奈は毎日歌った。
森の中で歌うときは力一杯、家の中で歌うときは気持ち優しめに。
ファーリーの家の中ではじめて歌った時、加奈は恐る恐る口ずさんで、そっとファーリーを見たら、ニコニコと微笑む彼女が見えた。なぜか涙が流れて、それを見たファーリーが不思議そうな顔をしながら寄ってきて加奈はそっと抱きしめられた。
歌うことを咎める人は誰もいない。
これが幸せと言わず、なんだろうか。
加奈は毎日、心ゆくまで歌った。
はじめは伝わらず苦労した言葉の問題も徐々にではあるが、解消されてきた。
といっても、加奈がファーリーの言葉が解るようになったわけではなく。
ファーリーはとてつもなく努力家だった。どうやってかはわからなかったが、ファーリーは加奈の言いたいことを今ではほとんど分かってくれる。
お風呂がなかったのには、はじめは愕然としたけれど、森の中の湖に入れば体はさっぱりとなった。服もいつのまにかファーリーが彼女の服を作り直して加奈にくれた。
そうは言っても、もうそろそろ厳しくなってきたかもしれない。
夜になると風に少しずつ冷たいものが混じり始めているのを感じていた。
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流石におかしい。
ふとした瞬間、加奈はそう思うようになった。
多分、ファーリーは自分より年下。加奈は先日18になったばかりだから、ファーリーは15くらいだろうか。この世界の成人が何歳なのかはわからない。しっかりはしているけれど、まだ、ファーリーは子どもにしか見えない。
この3か月、加奈はファーリー以外の誰とも会っていない。
それに、この世界は、木の穴に生活空間があるのが普通なのだろうか。
ご近所様の気配がないのも?
聞いていいのだろうか?
気になる。
でも、聞けない。
私も、まだ、あの日々のことは聞いてほしくない。
だから、疑問は胸のうちに押し留める。
でも、少しずつ気温が下がってきているのを感じると、流石に布団も服もこのままでは厳しい気がする。ファーリーの分だけならどうにかやっても、加奈の分までは十分にはないだろう。
迷惑になるのかもしれない。
出ていかないといけないだろうか。
そんな気持ちが加奈の顔に出ていたのかもしれない。
夕食を食べてまったりしていたはずのファーリーが近づいて来て加奈の手をぎゅっと握った。
「カナ、ずっと一緒。ねっ」
不安そうな顔でそう見つめてきたファーリーに加奈はこくんと頷いて思わずその手を握り返した。