不純な動機
つばめの代筆はまさしく宇宙的な手並みで、「今日会いたい」「今すぐ会いたい」「どこにでも行くよ」とごり押しした結果、およそ二時間後に清澄白河のカフェで落ち合うことになった。
今日会いたい、というのは単純につばめの都合だ。
別日になってしまったら、お姉ちゃんのあとを尾行できない。
大学生作家の顔を拝みたい、という不純な動機なのだろうが、物は言いようである。
つばめはいけしゃあしゃあと言った。
「一人で行くのは心配でしょう。私とアリサが付いて行ってあげるね」
丸め込まれるお姉ちゃんもお姉ちゃんであるが、とにかく急遽、鎌倉から清澄白河へ電車で向かうことになった。
いちばん乗り換えの少ないルートを検索し、錦糸町駅で半蔵門線に乗り換えることにした。
片道約一時間半、電車賃は千円を超える小旅行。
あるてぃまと麻乃はお留守番。
可哀想なのは麻乃だが、「アリサの部屋でマンガでも読んでて」とつばめに言われ、大人しく従っている。つばめの横暴を許してしまう麻乃も麻乃だが、あえて黙認することにする。
JR横須賀線に乗っている間、お姉ちゃんはずっとそわそわしっぱなしで、心ここにあらず、といった面持ちだった。
お姉ちゃんは素材がいいのだから、へたに小細工をしなくていいよ、という助言がどこまで響いたのか分からないが、とりあえず服装はそのままで、化粧もしていない。
普段、学校へは徒歩通学だから、一時間以上も電車に揺られているのは新鮮な体験だった。
しかし、だんだんと飽きてきた。つばめはひたすら喋り続けている。
「アリサとエリサだったらさ、あいうえお順からすればアリサが長女で、エリサが次女のはずじゃん。ややこしくね。なんで逆なの?」
つばめがうるさいので適当に相槌を打っていたが、いきなり姉妹の名前の話になった。
「エツヤとリサの娘だからじゃないの」
「あっそ。でも、やっぱりアリサは長女の名前だよね」
持論を譲ろうとしないつばめが面倒くさくなってきた。
「長女が生まれたばかりのときに、次女が生まれる想定なんてしないでしょう」
長女生誕の六年後に次女が生まれることがあらかじめ分かっていたら、お姉ちゃんがアリサ、私がエリサだった可能性は否定できない。だが、現実は長女がエリサ、次女がアリサだ。
それでいいと思っているし、私は私の名前を気に入っている。アリサ長女論を木っ端微塵に粉砕してやったら、つばめが負け惜しみのように言い返してきた。
「いとしのエリーで、いとしのアリーじゃない。女王はエリザベスで、アリザベスじゃない。そうだね、アリーよりエリーのが名前的に強いっすね」
けけっ、と笑うつばめの挑発的な視線がムカついてしかたがない。
「子供ができても、ぜったいつばめとは名付けない」
「へー、結婚できるつもりでいるんだ」
いちいちムカつく返しをしてくるので、ふん、とそっぽを向いた。
「アリサはなんでバスケ部を辞めちゃったの?」
「べつに……」
中等部でもバスケ部に入ったが、お姉ちゃんがバスケを辞めてしまったので、私も辞めた。
お姉ちゃんが叶えられなかった日本一という夢を、妹が叶えるのが私の使命かな、なんて思ったときもあったが、それも途中で考え直した。
そんなの、お姉ちゃんの古傷に塩を塗り込むようなものだ。
お姉ちゃんはきっと「おめでとう、アリサ」と褒めてくれるだろう。
けど、心の底から喜んでくれるかといったら、ぜったいにそんなことはない。
引退試合となったブザービーターを思い出して、人知れず苦しむのだ。
「あたしがダンス部に入っちゃったから?」
「ちげーし……」
つばめのいないバスケ部が楽しくなかった、ということも理由のひとつではあるけれど、退部したいちばんの理由はお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんが苦しんでいるのに、私だけが楽しくバスケをしていられるはずがない。
お姉ちゃんに憧れて始めたバスケだから、お姉ちゃんが辞めれば私も辞める。
それが筋ってものだ。
「あたしがいなくてさびしいんだろ。素直になんなよ、いとしのアリー」
「うるせ」
「泣いて頼むなら、いっしょに戻ってやってもいいけど」
「つばめは戻りたいの?」
「べつにぃ。どうしてもって言うなら、考えてやってもいいだけ」
不毛な会話を交わしていると、いつのまにか電車は錦糸町駅に着いていた。