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振り返り

 試合後に整列し、互いの健闘を称えて握手を交わすのはほとんどのスポーツで恒例のシーンであるが、両チームが混ざり合って大きな輪になり、円陣を組むのはアルティメットに特有かもしれない。


 アルティメッターは選手であると同時に審判でもあるから、律儀に試合の振り返りも行う。


 お互いが良いスピリット・オブ・ザ・ゲームを持って試合に臨むことができたか、「採点」もする。


 それがスピリット・オブ・ザ・ゲーム・スコアという、チームの成績表になる。


「ルールの理解及び適切な使用」「ファール及び身体接触」「フェアプレー」「ポジティブな姿勢及びセルフマネジメント」「コミュニケーション」の五項目それぞれに0~4点の点数をつける。採点の基準が「良い/2点」なので、よほどルールから逸脱した振る舞いをしでかさない限り、ゲーム・スコアは平均して2点ちょっとに落ち着く。


 気持ちよい試合ができたからと甘々の4点を差し上げるわけでもなく、負けた腹いせに0点を付けるのもタブーだ。


 あくまでもスピリット・オブ・ザ・ゲームの精神に則っていたかどうかで採点する。


 この採点はわりかし機械的なのでどうということはないが、困るのは試合後の総評だ。


 試合を総括して、主将がなにかひと言、気の利いたことを言わねばならないが、アリサの頭の中はほとんど真っ白で、試合後のコメントのことなど考えていられる余裕はなかった。


 脈絡なく頭に浮かんできたのは、アルティメットを始めるきっかけとなった子犬のこと。


 あるてぃまがいなかったら、私はこの場にいなかったはずだから、愛犬にも感謝を捧げる。


 敵味方関係なく肩を組み合った魂の輪(スピリット・サークル)のなかで、アリサは背中に描かれた子犬に触れた。


「一枚の円盤と一匹の子犬がここまで連れてきてくれて、こんな大きな輪になった。ここまで付いてきてくれた皆と、今日試合をしてくださった皆さん全員に感謝します。素晴らしい試合でした。どうもありがとうございました」


 魂の輪はいちど解かれ、自然発生的な拍手があった。


 お姉ちゃんの顔色をちらりと窺うと、お姉ちゃんは笑っていた。


 試合には負けたのに、清々しい笑顔だった。


 ふと、バスケ部の引退試合の場面を思い出した。


 試合後の整列はおろか、父兄への挨拶のときですら、気丈な表情を崩さなかったお姉ちゃんだけれど、今日は違った。やり切った、という満足感が滲み出ていた。


 円陣が解かれると、お姉ちゃんがきつくハグしてくれた。


「負けちゃったね」


 祭りの後のような寂しさを覚え、アリサがしんみりと呟いた。


「勝負には勝ったよ。私はそれで満足」


 お姉ちゃんの声に悲しみの色はなかった。


 お姉ちゃんといっしょに日本一になる、という夢はお預けになってしまったけれど、それはまた次の楽しみにとっておくことにする。


「そういえば、妃沙子さんにプレゼントをもらったんだ」


「プレゼント?」


「これを着て、ほんとうに日本代表になってよ。そしたらウチの会社、日本代表を育ててます、ってめちゃめちゃ宣伝するから、だって」


 お姉ちゃんがくれたのは、鎌倉アルティメット・ガールズのユニフォームだった。


 犬用の小さなユニフォームで、背番号は0。


 気が早いもので、背番号の上には「ウチの会社、日本代表を育ててます」というコメントがすでにプリントされていた。


 ウチの会社と日本代表の狭間には、「あるてぃま」の吹き出しがついていた。


 併せて読むと、()()()()()()()()()


 冗談みたいだけれど、とても気に入った。


「神っ! って言っとくべき? つばめみたいに」


 アリサが笑うと、お姉ちゃんも釣られて笑った。つばめが目敏く寄ってきて、あるてぃまのユニフォームをひったくるなり、わなわなと震え出した。


「神っ! くれ!」

「やらねーよ」 


 そもそもつばめは犬を飼ってない。まずは犬を飼うところから始めるべきだ。

 そして愛犬日誌をたんまりと書いた上で、早朝の由比ヶ浜でコソ練をすべきだ。

 そうじゃなければ、このユニフォームを持つ資格はない。


「返せ」

「くれ!」

「離せ、千切れる」


 所有権をめぐってつばめと取っ組み合ってると、お姉ちゃんに喧嘩両成敗された。


「ユニフォームが伸びちゃうから、もうやめな」


 結局、0番のユニフォームはお姉ちゃんが所持することになった。


 自宅でお留守番しているあるてぃまにユニフォームを着せてあげるのもお姉ちゃんの仕事になるのだろう。帰りの新幹線の車中で、つばめはずっと恨めしそうにお姉ちゃんの手元にあるユニフォームを見ていたけれど、私も正直恨めしかった。


 お姉ちゃんを我が家の女王様と崇拝しているあるてぃまのことだから、敬愛する女王様から直々にユニフォームを着せてもらったら、尻尾をぴこぴこと振って狂喜するに決まっている。


 お姉ちゃんにばかり尻尾を振ってないで、たまには私も敬えよ。

 そんなことを思いながら、家路についた。

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