つばめ劇場
決勝戦当日、朝六時の新幹線に乗り、慌ただしく現地入りした。
試合会場となる京都府立山城総合運動公園には、四面のフィールドが用意されていた。
これから怒涛の三連戦だと思うと、どんどんと気持ちが昂ってきた。
タイムスケジュールは非常にタイトで、九時から第一試合、十一時に第二試合、十三時に第三試合が組まれている。負けても順位決定戦があるため、必ず三試合を戦うが、一戦、二戦に連勝すれば、三戦目が決勝戦だ。
第一試合の相手は『京阪体育大学ボンバーズ』で、のっけから死闘だった。
決勝点は十一点で、試合時間は四十五分だが、必ずしも四十五分で決着がつくというわけではないことをまざまざと思い知らされた。
四十五分の試合時間が経過した時点で、どちらのチームも決勝点に届いていない場合、「TC」が発生する。
両チームの点数を比較して、高い方に二点を加えた点数が決勝点となる(上限十一点)。
鎌倉アルティメット・ガールズは、四十五分が経過した時点で7対6と勝ち越していたが、どちらのチームも決勝点である11点には未達であるため、試合はそのまま終わらない。
タイムキャップが発生し、決勝点は9点となった。
ボンバーズのハンドラーにロングシュートを放り込まれ、並走したモッティーがレシーバーと競り合ったが、惜しくもカットはならなかった。
「あー、チクショウ!」
「ナイスディフェンス、惜しかったよ」
しきりに悔しがるモッティーをお姉ちゃんが労った。
ずっと試合を優位に進めてきたのに、土壇場で7対7の同点に追いつかれ、試合開始直後のイケイケドンドンムードはすっかり消退していた。
重苦しい雰囲気の中で、アリサは相手チームのスローオフを待った。
それから何分間か、膠着したように点は入らず、睨み合いのような展開が続いた。
どちらかのチームが9点に達しない場合、試合は延々と続く。
守備の固いチーム同士がガチガチに守り合えば、二十分、三十分ぐらい試合が伸びることもあるだろう。しかし、集中の糸がぷつっと切れてしまえば一気に片がついてしまう綱渡りだ。
ボンバーズは得点のたびに選手交代をしてきて、体力的にはまだ新鮮だ。
控えメンバーのいない鎌倉アルティメット・ガールズが体力的に不利であることは否めない。
こういう時こそ、焦ってはいけない。アリサはエンドゾーンへあと一息というところまで近付いたところで、一呼吸置くためにタイムアウトを申請し、七十五秒間だけ試合を止めた。
タイムアウトは試合中に二回だけ使えるが、今使わずしていつ使うのか。
アリサは全員を呼びよせ、円陣を組んだ。
チームの指揮を執るのは、もっぱらアリサの役目だ。
バスケ部時代に絶大なリーダーシップを発揮したお姉ちゃんは一歩引いた立ち位置にいて、縁の下の力持ち的な役回りを担っている。どうにもお姉ちゃんには、「このチームは私のチームではない。妹たちのチームだ」という思いがあるようだ。
頼られればもちろん力を貸すけれど、指揮者ではなく奏者のひとり、というスタンス。
試合の行方を左右する重要な場面でこそ、絶対的な存在であるお姉ちゃんに頼りたくなるが、そう何度も何度も同じパターンを繰り返していては、その先に進歩はない。
メンバーの顔を見渡すと、特につばめの疲労が色濃かった。
ぜえぜえと肩で息をしていて、テンションはガタ落ちで、無駄口ひとつ叩かない。
つばめに元気がないと、チームの士気はめちゃくちゃ下がる。
だからこそ、なんとかつばめを調子に乗らせたかった。ここらでノセておけば二戦目以降も期待できるが、このまま低調なままだと、次戦も引きずることは間違いない。
「つばめ、顔が死んでる。体力ないね」
「うるせ……」
どう見てもバテバテだが、反発する元気はあった。ペットボトルをがぶ飲みしたつばめは、口元をぐいと拭った。水分補給をして人心地ついたようだ。顔に生気が戻ってきた。
「魔力、回復した?」
「ハーフ、ハーフ」
すっからかんだった魔力が半分も戻っていれば十分だ。
「おいしい場面だけど、必殺技いけそう?」
「もち!」
「オッケー。おいしいところ、ぜんぶもってけドロボー」
最終兵器お姉ちゃんを差し置いて、最後の仕上げをつばめに託すことにした。
つばめがお姉ちゃんよりも頼りになるからではない。盛り上げ役のつばめが得点すると、チームが最高潮に盛り上がるからだ。
つばめがキャッチをしくじるリスクを負ってでも、ここはギャンブルに徹することにした。
タイムアウトが解けた後、つばめだけがエンドゾーン右端奥に立った。
残りの五人はエンドゾーン左端にずらりと並び、それぞれにマーカーが付いた。
スロワーのアリサの前にマーカーが一人、つばめの前にマーカーが一人。
仕上げ役のつばめだけを孤立させ、二人対二人の局面を作り出す。
フィールドに立つ十四人のうち、十人はエンドゾーンの左半分にいて、プレーにはほとんど関与させない。ボンバーズの面々は、てっきりお姉ちゃんにハンマーを投げてくるものと思い込んでいたらしい。ここ一番でつばめをチョイスしたことに、戸惑いの色が見え隠れした。
つばめがエンドゾーン手前まで走り込んでくるのを警戒して、マーカーはつばめの前に立ち塞がっている。そのままではパスは出せない。
しかし、そんなことはおかまいなしにつばめが猛然とパスを受けに突っ走る。
その動きを予測したようにマーカーも走り、アリサの方へと走ってくるつばめの前を防ぎ続けた。つばめがキュッとターンし、無人のエンドゾーン奥へと進路を百八十度変えた。
エンドゾーン手前にディスクを迎えに行くと見せかけて、奥側への反転。
出し抜かれたマーカーはたたらを踏み、慌ててつばめの背中を追いかけた。
ここで奥へ投げれば、おそらくは決まるだろう。
だが、アリサは投げなかった。投げるふりだけをした。偽投。
つばめが鋭く再反転し、アリサの方へ向かって疾走してきた。名付けて、「燕返し」。
鋭い上下動に振り回されたマーカーは出遅れ、もうまともに付いてこられない。
ここで投げる。ハバタキ杯後のご要望通り、ピュッ、とクイックで。
まんまとマーカーを振り切ったつばめが苦もなくディスクをキャッチした。
「ふははっ、天才!」
「はいはい。天才、天才」
得点の喜びでは、刀を斜めに斬り下ろした後、返す刀でシャキーンと逆袈裟に斬り上げるポーズをとった。
技名まで付けてしまうのはどうかと思うが、してやったりのつばめはご満悦だし、シャキーンポーズをしたミシェルも大喜びなので、結果オーライとする。
つばめがマーカーを引き剥がせなかったときは、お姉ちゃんが空いたスペースにスライドしてくるという保険もかけていたが、その必要はなかった。
まんまと調子に乗ったつばめの足取りは軽やかで、良い波に乗ったのは明白だった。
「ディフェンスでも天才っぷりが見たいな。でも、もう魔力切れかなあ」
アリサがわざとらしい独り言を漏らすと、テンション↑↑のつばめが高笑いした。
「ふはは、ヨユーだ」
「そう? じゃあ本気でよろしく」
アリサはスローオフを弓様に任せると、つばめ共々に猟犬のように走り出した。
一時間近く走りっぱなしだったので、さすがに膝にガタがきていたが、試合が終わるまでは手を抜かない。必死に走り、相手ハンドラーにプレッシャーを与えにいく。猛プレッシャーを受けたハンドラーのパスが浮き気味になり、後方からつばめが飛びかかった。
ディスクが地面に落ち、あっさり攻守交替となる。即座にプレー再開したつばめは、並走したアリサへショートパス。ワン・ツーを受けて、余裕でフィニッシュした。
「ふははっ、やはり天才!」
決勝点となる9点目を奪い、つばめ劇場が終演した。




