予選リーグ
全日本U21アルティメット選手権大会の東日本予選は、十一月三日、四日の二日間にまたがって開催された。茨城県ひたちなか市新光町グラウンドに、男子部門四十チーム、女子部門三十二チーム、総勢千名を越す選手たちが集合した。
普段はサッカー場であるが、今日はアルティメット用フィールドが十一面も用意されている。グラウンドはとにかくだだっ広く、配布された会場図を見ないと、自分たちがどのフィールドで試合をするのかも分からないぐらいだった。
遠景に富士山がくっきりと見える寒空の下で、アリサは受付を済ませた。
女子部門の三十二チームはA~Hの八ブロックに分かれ、初日は各ブロックの四チームずつが戦うというリーグ戦方式だったが、二日目はリーグ戦順位に応じたトーナメント形式になる。
「あー、もうよく分かんない。とにかく勝てばいいんでしょう、勝てば」
アリサは複雑な試合の組み合わせ表を理解しようとしたが、途中で諦めた。
初日のスケジュールは、朝八時四十五分から第一試合、十一時から第二試合、十三時十五分から第三試合、ということだけを把握した。
十二月に京都で開催される本戦に出場できるのは三十二チーム中、たった四枠だけ。
予選リーグで負けたら、本戦へ出場する望みはほぼ消える。
アリサは空色のキャップをかぶり、新調したばかりのクリーム色のグローブを嵌めた。
青いユニフォームの下に着込んだアンダーウェアは、メンバー全員で黒に統一した。
半袖から伸びる両腕と膝下が黒いとやけに強そうで、どことなく悪の帝国感が漂う。
「さてと、行きますか」
男子チームの試合が終わったフィールドに、鎌倉アルティメット・ガールズが乗り込んだ。
弓道部員たちは快く練習に付き合ってくれたけれど、大会に出場するのは弓様だけだ。
応援はなく、控えメンバーもいない七人だけだが、七人の侍みたいでちょっとした高揚感がある。周りは揃いも揃って大学生チームばかりだが、そいつらを全員なぎ倒しにきたのだ。
主将のアリサがフリッピングに臨み、ジャンケンに勝った。
相手主将と同時にディスクを投げ上げた後、コールをする。
「セイム!」
試合前のフリッピングで、地面に落ちたディスク二枚の向きは同じだった。
アリサは攻撃権を取り、相手チームのスローオフを待つ。
初日の試合時間は三十分、決勝点は十一点というルールだ。
二日目の順位決定戦では、試合時間は四十五分となる。
控えメンバーがいないため、どんなに疲れても交代はできない。二戦目以降と翌日も踏まえて体力温存をしなければならないのだろうけど、ペース配分なんて知ったこっちゃない。
リードを奪って、あとは緩々と時間を潰そうなんて、ケチなことは考えない。
ワンプレー目から全力で突っ走った。
毎朝のように由比ヶ浜海岸の砂地で走り込んできたから、芝生の上を駆けるのは爽快だった。
とにかく身体が軽く、十一月の肌寒い空気が前へ、前へと先走る熱を適度に冷やしてくれる。
全速力で走るうちに身体はすっかり熱くなってきたが、頭はいやに冷静だった。
――私は虎だ、虎でなければならない。
――チームの代表としてコートに立つ以上、虎でなければならない。
お姉ちゃんが中等部時代に綴った修養日誌の言葉が鮮明に思い浮かぶ。
それが義務であるかのように思い詰めてプレーしなくてもいいのに、と妹ながらに思った。
チームの命運をすべて背負い込んだような覚悟はどこか悲壮で、プレーする楽しさや嬉しさといった純粋な感情をどこかに置き忘れてきてしまったかのように映った。
日本一になろう、という合言葉はいつしか「勝たねばならない」という重荷に変わった。
しかし今日、フィールドを駆け抜けるお姉ちゃんの背中はとても溌剌としていた。
空に浮かぶディスクを全力で追いかける。走る。飛びつく。奪う。投げる。
全力でやり切ったら、楽しい。
その上で勝ったら、なおのこと楽しい。
勝たねばならない、という雁字搦めの拘束を解かれたお姉ちゃんは自然と笑っていた。
古都鎌倉からわざわざ茨城までやって来て、屋根もない、審判もいない、芝生もところどころ剥げたサッカー場で、いったいなぜ空飛ぶ円盤なんぞを追いかけているのだろうかといえば、それは単純に楽しいからだ。
子犬が円盤を追いかけるのと同じで、深い意味なんてない。
お姉ちゃんがパスカットしたディスクはつばめを経由し、アリサに渡った。
エンドゾーンへ走り込むお姉ちゃんへ届くよう、意図してカーブさせた。
疾走するお姉ちゃんの走路を遮るものはおらず、飛びつくまでもなく難なくキャッチした。
「ナイスパス、アリサ!」
得点したお姉ちゃんのもとに駆け寄り、つばめ考案のダンスを皆で踊った。
得点の喜びもだんだんバリエーションが増えてきたが、お姉ちゃんバージョンを踊ることがいちばん多い。
お姉ちゃんを中心にして取り囲み、各々が指を一本立てて前に突き出し、天に向かって高く掲げる。いちいち言葉にしなくたって、意味は一つだ。
本気で楽しんで日本一になろう、という無言の合言葉を富士山の麓で掲げた。
鎌倉アルティメット・ガールズ以外に中高生は参加しておらず、試合序盤は「中学生チーム、何するものぞ」という空気が充満していたが、試合が進むにつれてその空気が一変した。
弓様が下がり気味にオープンスペースでディスクを受け、弓を謝するように超ロングスローを繰り出すと、会場中がどよめいた。
サイドラインを割りそうになったディスクに飛びついたミシェルは、空中でキャッチしてすぐにフィールド内へと投げ入れるグレイテストを成功させた。
ずっと練習してきた必殺技を完成させたミシェルは得意絶頂で、親分であるつばめとの連携は冴えに冴えた。
麻乃はひっそりとハンマースローを投げてはお姉ちゃんへアシストを供給し、守備隊長であるモッティーはダイレクトカットを決めまくった。
つばめはフィールド上で踊るようにプレーし、「こんなことも出来まっせ」とでも言いたげな、憎たらしいぐらいに変幻自在のパスワークを披露した。
アリサは長短のパスを織り交ぜて、巧みに試合をコントロールした。十一点中七点をお姉ちゃんがもぎ取ったけれど、決してワンマンチームという訳ではない。お姉ちゃんを囮にして、隠密機動のつばめやミシェルにも要所要所で点を取らせた。
初日の予選リーグを無敗で駆け抜けると、余勢を駆ってそのまま京都行きを決めた。
優勝候補筆頭の呼び声高い早実スーパーソニックスに僅差で敗れ、東日本地区一位の座は譲ったが、本戦出場となる四枠にはなんとか滑り込んだ。東日本地区から四チーム、西日本地区から四チーム、合計八チームが本戦へと進んだ。
年の瀬の押し迫る、十二月十五日。
鎌倉アルティメット・ガールズは、決戦の地である京都へ飛んだ。




