打ち上げ
準優勝の賞金五万円を軍資金にして、浅草のもんじゃ焼き屋で打ち上げをした。
もんじゃをリクエストしたのは、ニンジャならぬ「モンジャ!」と言ったミシェルである。
今日はハイヤーの送り迎えを断ってきた、という弓様も打ち上げに同行した。
優勝賞金五十万円を手にしたのは疾風ジャパンで、「ハバタキ杯を主催したスポンサーとのデキレースかよ。癒着だ、癒着」とつばめが陰謀論を口にしている。
ハバタキの企業名が入ったオリジナルシャツ、ディスクなどの関連グッズを即売会さながらに売っていたから、賞金を支払っても収支の採算はとれるのだろう。
つばめの唱える陰謀論に裏付けはないが、そうだとしても驚きはない。
日本代表チームを召喚できたのは「二十分で五十万円」のギャランティを提示したからで、疾風ジャパンとしても国内最高峰の実力をお披露目する機会にもなるから一石二鳥だ。
小遣い稼ぎついでに、小生意気な中学生チームの鼻をへし折るだけの簡単なお仕事である。
「飛び入り参加が優勝賞金をもらうって、ずるくね」
つばめがぶつぶつ文句を垂れながら、いい感じに焦げたもんじゃをヘラですくった。
試合後からほとんど心ここにあらずのアリサは、豚キムチにベビースターをトッピングしたもんじゃの堤防を決壊させてしまった。
鉄板の上に赤く染まったもんじゃ生地がでろりと広がっていく。
「あ、バカアリサ。決壊したじゃん。混ぜろ、混ぜろ!」
つばめがスクランブルエッグを作るようにもんじゃ生地をぐちゃぐちゃと混ぜた。
麻乃とミシェルは人生初のもんじゃらしく、ヘラの使い方がいかにもぎこちない。
モッティーは目の前のもんじゃを掃除機のように平らげている。
弓様は「これは人間の食べ物ですか? 犬の食べ物ではないのですか?」という疑問を顔に浮かべていたが、ようやく意を決し、毒見でもするかのようにぱくりと口に運んだ。
チームを代表して賞金を受け取ったのは、メンバー最年長のお姉ちゃんだった。
「日本代表と言っても国内にプロリーグがあるわけでもないし、競技の知名度が高いわけでもない。世界で試合があっても遠征費、滞在費、宿泊費もろもろの活動資金はぜんぶ自費だから、どんな少額でもスポンサーになってもらえるのはありがたいみたい」
お姉ちゃんは、日本代表選手たちと会話する機会があったらしい。
アリサのラストパスをカットしたハンドラーに「こんど、私が所属しているクラブチームの見学に来ない? あなたの高さは貴重な武器よ」と熱心に誘われたようだ。
インカレサークルをすっ飛ばし、日本代表選手が何人も所属するクラブに勧誘されるなんて、いきなりとんでもないステップアップだが、手放しには喜べなかった。
「中学生なんかと遊んでないで、私たちと世界を目指しましょうってこと?」
キムチの赤に染まったもんじゃをヘラでぎゅうっと押し潰したアリサは不満げに言った。
あまりにも強く押し潰したせいで、もんじゃが紙ぐらいに薄く、ぺしゃんこになった。
「なにそれ、ムカつく! もち明太チーズとカレーコンビーフもんじゃ追加で!」
つばめもぷんぷんと怒りながら、通りがかりの店員に追加オーダーした。
座敷席でお行儀よくウーロン茶を飲んでいたお姉ちゃんは、まったくの素面だった。
「そうは言ってないよ。見学に来ないか、って誘われただけ」
「そんなの、ただの引き抜き工作じゃん」
アリサが子供っぽくぶうたれると、お姉ちゃんが苦笑いした。
「去年まで全日本新人アルティメット選手権大会というのがあって、大学一、二年生しか出られない大会だったの。それが今年から出場資格が緩和されて、U21であれば出場できるようになったんだって。十三歳から二十歳までなら同じチームで試合に出られるらしい」
お姉ちゃんが言ったことが、すぐには飲み込めなかった。
「どういうこと?」
「大学生ばっかりの大会に中学生が出てもオーケーになったってこと。エントリーさえすれば、このチームでU21の大会に出られる」
これまでは「大学一、二年生は初心者である」という前提があった。
出場資格が「大学一、二年生のみ」に限定された大学新人選手権は、アルティメットを始めたばかりの初心者のための大会として位置づけられていた。
しかし、世界を相手に戦うには中学生や高校生の頃から競技を始めるのが望ましい。
今後、中高生への普及が進むことを見越し、今年度から出場資格が緩和され、中高生と大学一、二年生が混在する大会になるという。
「大会はいつあるの?」
「地区予選は十月、本戦と決勝戦は十一月、十二月」
「お姉ちゃんは私たちといっしょに出てくるの?」
「みんなが良いなら、このチームで出たいと思ってる。大学生ばかりの大会で中学生ばかりの最年少チームが大暴れしたら痛快だよね」
準備期間はもう二ヵ月もないが、お姉ちゃんといっしょのチームで出られると考えただけで、わくわくが止まらなかった。
テーブルにもち明太チーズと、カレーコンビーフもんじゃが運ばれてきた。
「おっしゃ、混ぜろ! 混ぜろ!」
調子に乗ったつばめが、鉄板にもんじゃのタネをすべてぶちまけた。
鉄板にはまだキムチもんじゃが残っているのに、カレーと明太チーズが混ざったものだから、とんでもない色になった。味もミックスされ、しかし意外にも美味だった。
「あ、意外とイケる。神っ!」
「あーあ、つばめが最後にキャッチしてたらなあ」
アリサがこれ見よがしに言うと、つばめがヘラを口に咥えながら応戦した。
「パスが悪い、パスが。もっとピュッ、とクイックで投げろっつーの」
「飛びつけよ。あるてぃまなら取ってたし」
「新人戦って、犬はでれんの?」
「でれねーし」
「こっそり出そうぜ。アルティメット犬として超有名になるかも」
「魔力で召喚しなよ。眼帯外したら魔力を使えるんでしょ」
「MPが足りないからむりぽ」
お座敷席でぎゃあぎゃあ騒いでいると、会計を終えたお姉ちゃんが戻ってきた。
「お金、足りた?」
「うん、ギリギリ。よく食べたね」
賞金は丸ごともんじゃとなって、めいめいの胃袋に収まったようだ。
浅草駅へと戻る道すがら、なんとなく名残惜しかったので「スタック! みんな、並んで!」と集合をかけ、雷門の前で写真を撮った。
縦一列ではなく、ずらりと横一列に並ぶ。
写真に写ったお姉ちゃんは、憑き物が落ちたように溌剌とした笑顔をしていた。