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砂地大決戦

 由比ガ浜海岸に姿を現した神絵師は、想像していたよりもずいぶん若々しかった。


 年齢はおそらく二十代半ばぐらいだろう。穴のあいたジーンズを履き、アッシュブラウンの髪をざっくりまとめている。チュッパチャプスを舐めながら歩いてきて、つばめを認めると、「やあ、つばめっち」と言い、手をひらひらさせた。


 神のご到着を待つ間、アリサたちはスルーザマーカーの練習を繰り返していたが、つばめはすっかり気が散っていて、サンタクロースを待つ子供みたいにずっとそわそわしていた。


 朝っぱらの砂浜を気だるく歩く大塚妃沙子のもとへ、つばめは一目散に駆けていった。


「わざわざありがとうございます、妃沙子氏!」

「いいの、いいの。すげー久しぶりに朝日浴びたわ」


 散歩に連れていけ、と尻尾を振って盛んにおねだりしたあるてぃまを外出ケージに入れて、海岸まで連れてきた。練習の間は、ケージのなかで待機してもらっている。


 つばめ以外とは初対面だから、大塚妃沙子は簡単な挨拶をした。


「大塚妃沙子です。アニメーション・スタジオ『ハバタキ』でアニメーターやってます」


「お忙しいところありがとうございます。私が羽咲エリサ、こちらが妹のアリサ。妹の友人の真中麻乃ちゃんです」


 アリサたち三人を代表して、お姉ちゃんが挨拶をした。


 大塚妃沙子は「背、高いっすね」とお姉ちゃんを見上げた。


「身長、どれぐらいあるんですか?」


「あ、えと、168……より少し高いぐらいです」


 お姉ちゃんが顔をうつむけながら言った。


「モデルさんみたいでかっこいいっすね」


 バスケをやっていたときは、自身の背の高さを隠すようなことはなかった。


 お姉ちゃんが身長を曖昧に誤魔化すようになったのは、大学に進学してからだ。バスケは背が高い方が有利だが、日常生活ではあまり有利に働くことはなかったのだろう。身長をありのままに告げるより、少し低めに申告した方が不都合が少なかったのかもしれない。


「デザインの打ち合わせをするのに、こんな場所で良かったんですか?」


 アリサが訊ねると、大塚妃沙子はチュッパチャプスを舐めながら言った。


「そもそもアルティメットがなんたるかを知らないからねえ。イメージが湧かないから、普段の練習風景をちょっと見せてもらおうと思ったのよ」


 大塚妃沙子がショルダーポーチから取り出したのは、鉛筆と速写クロッキー帳だった。


 美術の授業で配られるスケッチブックに似ていたが、クロッキー帳の方が紙が薄っぺらで、ラフなスケッチをしたり、アイディアをささっと書き留めたり、とにかく枚数を書き殴るのに向いているのだという。


「ちょっとそれ、借りていい?」


 大塚妃沙子に求められるがままに、フライングディスクを手渡した。


「けっこう固いんだね。フリスビーって、もっとくにゃくにゃして柔らかい気がしてた」


 アルティメットの競技用ディスクとして推奨されているのは、直径27センチ・重さ175グラムのプラスティック製で、いわゆるフリスビーに比べると重く、頑丈だ。


 至近距離で強烈なパスを受けると、指の皮がめくれるぐらいの威力があるため、グローブは必需品である。お姉ちゃんは練習のときは素手だが、アルティメット・チームの見学に行ったとき、ほとんどの選手がグローブをしていたようだ。


「なんでフリスビーじゃなくて、フライング・ディスクっていうの?」

「フリスビーは商品名で、一般名がフライング・ディスクらしいです」

「なるほど、コカ・コーラとコーラみたいなものね」


 フリスビーはアメリカのワーム・オー社の商標登録、いわば商品名である。


 世の中でフリスビーとして知られているディスクの総称が、フライングディスクだ。


 アリサが大雑把に解説すると、大塚妃沙子は納得したらしい。


「オッケー、だいたい理解した。そんじゃ適当にスケッチするんで、いつも通りに練習しちゃってください」


 大塚妃沙子は砂浜の上に敷いたシートに座ると、クロッキー帳をめくり、手を動かし始めた。


 すでに集中モードに入ったらしく、目つきが一気に鋭くなった。


「試合しようよ、試合っ!」


 神絵師の御前で大張り切りのつばめは、スルーザマーカーの練習だけでは物足りないらしく、しきりに実戦形式の練習をやりたがった。


「分かった。二対二にして難易度をあげようか」


 お姉ちゃんはオレンジ色のミニコーンを四カ所に置き、エンドゾーンに見立てた。


「今までのスルーザマーカーの練習では、パスのレシーバーにはディフェンスがつかなかったけど、レシーバーにもマーカーを付けます。スロワーからのパスをエンドゾーン内でキャッチしたらオフェンスの勝ち、レシーバーがキャッチできなかったら負け」


 コンビの組み合わせはアリサとつばめ、お姉ちゃんと麻乃となり、まずアリサがスロワーとなった。目の前に立つマーカーは麻乃、つばめとお姉ちゃんはエンドゾーン内に位置取りした。


「十回攻撃したうち、何本決められるかの勝負ね。じゃあ、まずは一本目」

「よっしゃ、カモーン!」


 ほとんど突っ立っているだけの麻乃を出し抜くのは造作もないけれど、エンドゾーン内をうろちょろしているつばめの側をお姉ちゃんがぴったりとガードしている。


 エンドゾーンに見立てた範囲は五メートル四方で、正規のフィールドよりは断然狭い。


 その空間すべてをひとりで守るには広すぎるが、マークする相手がつばめしかいないので、お姉ちゃんとしてはとにかくつばめへのパスを防げさえすればいい。


「ストーリング、1、2、3……」


 麻乃がぼそぼそとカウントをするなか、つばめはフェイントをかけてお姉ちゃんを振り切ろうとするが、しかしマークが剥がれない。これではパスが出しようもなかった。


「6、7、8……」


 バスケ部時代、チーム随一のディフェンダーだったお姉ちゃんは、砂地でも見事なフットワークを見せ、つばめをまるっきり子供あしらいしている。カウントが十秒になる寸前にパスを送ったが、つばめの背後からにゅっと長い手が伸びてきて、ディスクがぽとりと砂に落ちた。


「はい、攻守交替ターン・オーバー


 一本目の攻撃をあっさり防いだお姉ちゃんは、砂に「×」と記した。


 公式試合であればこのまま攻守交替となるが、今日は練習なので、このコンビでの攻撃があと九回続行する。しかし、初手からお姉ちゃんのディフェンスが難攻不落であることを悟った。


 エンドゾーンから十歩離れた正面に立つアリサには、パスコースは左右――バックハンド側、もしくはフォアハンド側の選択肢しかない。


 麻乃の頭上をふわりと超える、という選択肢は考えてみるまでもない。


 高さ勝負になったら、勝ち目はない。


 二投目は、つばめが走り込みそうな右コーナー奥に先投げ(リードパス)してみたけれど、これも防がれた。


 背後から迫ってきた長い手がやすやすとディスクを叩き落とした。


「うわっ、マジで……」


 二本目の攻撃にも「×」と記され、つばめはもうプッツン寸前だ。


 ディスクの滞空時間が長くなるだけお姉ちゃんに追いつかれるリスクが高くなる。それを踏まえて、三投目、四投目は右コーナーと左コーナーの手前ぎりぎりにコントロールしたけれど、これも読まれていた。鉄壁の守備網は、つばめはおろか、蟻一匹の侵入さえ許さない。


「アリサ、次の三投は右のサイドライン沿いからスタートね」


 砂に四つの「×」が刻まれ、スロワーの立つ位置が変更になった。


 お姉ちゃんの指示通りに立ち位置を変えると、麻乃もいっしょに移動した。


 エンドゾーンの真正面から投げていたときは、左右のどちらもにもパスコースがあったが、サイドライン沿いに寄せられると、はっきりと生きた空間(オープンスペース)が減った。


「うわっ、マジで……」


 つばめの嘆きが乗り移ったみたいに、アリサは思わず呟いた。


「麻乃、バックハンド側ケアお願い」


 エンドゾーンからお姉ちゃんの指示が飛ぶ。アリサの正面に突っ立っていた麻乃は指示を聞くなり、いそいそとバックハンドスロー側の射出孔の前に立ち塞がった。


「嫌なとこ、立つなあ」


 ぶつぶつと念仏のようにストーリングカウントをする麻乃が、悪の帝国の忠実な手先に思えてきた。


 さすがにお勉強ができるだけあって、理詰めのポジショニングには隙がない。


 右サイドライン際に寄せられ、あらかじめバックハンドスロー側を抑えられたら、スローできるコースはほとんど真正面しかない。


 しかし、その先にはお姉ちゃんが目を光らせている。


 右のコーンの手前にぶち当てるような感覚で、直線軌道のフォアハンドスローを放ったが、これもお姉ちゃんに読まれていた。


 術中にハマりまくっていて、なにひとつ上手くいかない。


 右側での三投すべて失敗し、これで七頭連続の失敗。


 たったひとりマーカーが付いただけで、こんなにもパスが通らないものかと身をもって思い知った。しかし、お姉ちゃんのディフェンス能力はあまりにも高過ぎる。ちょっと反則チートだ。


「コンビで十投ずつ投げて、合計二十投のうちのキャッチ数で勝負ね。負けはジュース驕りで」


 つばめと作戦会議をしていると、お姉ちゃんが競争心を目いっぱい煽ってきた。


 案の定、つばめは速攻で煽られた。


「……なんですと?」


 アリサと麻乃が左サイドライン際に移動し、八投目からの仕切り直しとなる。


「絶対に負けられない戦いが、そこにはある!」


 賭け事になった途端に目の色が変わるつばめが大騒ぎしている。もはや、神絵師の御前だということはすっかり頭から抜け落ちているのだろう。


 左サイドライン際にアリサが立つと、麻乃は広大なオープンスペースのあるフォアハンド側を消しにきた。今回はお姉ちゃんに指示されないでもそこに立ったので、相手がどこに立たれたら嫌がるかをきちんと理解したうえでポジショニングしているのだろう。


 今は案山子かかしのように突っ立っているだけだけれど、これで動けるようになったら末恐ろしい。


 麻乃は麻乃のままでいいんだよ、と思ったりもしたが、「あ、味方だった」と思い直した。


「ストーリング、1、2、3……」


 麻乃がぼそぼそとカウントをするなか、つばめは必死にお姉ちゃんのマークを振り切ろうとしていた。もうほとんどやけくそのギャンブルで、アリサは思い切りよくバックハンドスローを放った。エンドゾーン中央からぐっと曲がり、どんどん外へ、外へと逃げていく。


 お姉ちゃんとつばめの絶対に負けられない追っかけっこ、砂地大決戦。


 フライングディスクに触れるには手足の長いお姉ちゃんがどうしたって有利だが、小回りが利くのはつばめだ。切り返しの鋭さと出足の速さだけはお姉ちゃんにだって引けをとらない。


「おらっ、取ってこい!」


 投げ終わったあとのアリサが大声でエールを送ると、お姉ちゃんのマークを引き剥がしたつばめが急加速した。あるてぃまのように砂地を疾走し、頭からスライディングした。


 伸ばした右手が一瞬だけディスクに触れたが、しかし掴み切れず、キャッチミスとなった。


「うあーーーー、最悪っ!」


 砂まみれになったつばめが口惜しがっているが、お姉ちゃんは「ナイスチャレンジ!」と褒め称えた。好プレーは敵味方関係なく称賛する、というのがスピリット・オブ・ザ・ゲームの精神でしたよね、と思いつつ、内心「つばめ、取れよ」と地団駄を踏んだ。


 これで八投連続の失敗となり、××××××××と並んだ様は、ちょっと儀式めいていた。


 続く九投目もあえなく失敗し、砂地にさらにもうひとつ「×」が追加される。


 水分補給のため、一息入れながらつばめと作戦タイムに興じた。


「お姉ちゃん、反則チート。これ、正攻法は無理ゲー」


 つばめはチートやら無理ゲーという言葉が好きで、知らぬ間に覚えてしまった。


 チートとは、反則をしているという意味ではなく、「反則級にヤベえ」ということらしい。


 無理ゲーとは、「難易度が高過ぎて攻略が困難なゲーム」のことらしい。


「絶対に負けられない戦いじゃなかったの?」


 アリサが打つ手なしとばかりに降参のポーズをとると、つばめがにたりと笑った。


「正攻法じゃなきゃヨユー。今、思いついた」


 耳を貸せ、というので顔を寄せると、つばめにしてはまともなアイディアだった。


「いいよ、やってみよう」

「うし、打倒お姉ちゃんっ!」


 ちょこんとグータッチし合って、お互いのポジションに着いた。


「ストーリング、1、2……」


 麻乃がカウントを始め、第十投目のゲームが始まった。


 つばめがエンドゾーンから、麻乃の背後目がけて猛然と走ってきた。


 エンドゾーン内でパスをキャッチすれば得点、というルールであるから、お姉ちゃんの反応が一瞬遅れた。


 エンドラインと麻乃との中間辺りにスローを放ると、つばめがディスクをキャッチした。


 アリサは呆気にとられた麻乃を置き去りにし、エンドゾーン内へと飛び込んだ。


 つばめがサッカーのワン・ツーのようにリターンしてきたディスクを両手で抱えこむように掴み、砂地に倒れ込むと、アメフトのタッチダウンのような気分だった。


「アリサ、イエェーーーー!!!」


 興奮したつばめが背中から飛び乗ってきて、「ぐふっ」とアリサがうめき声をあげた。


 一発限りの姑息な技だが、お姉ちゃんの守備力を無効化するには良いアイディアだった。


 お姉ちゃんは砂地に「○」を書き込み、×××××××××○となった。


「やられた、やられた。さすがにその発想はなかったよ。ナイスプレー」


 お姉ちゃんは素直に褒めてくれたけれど、「次はもうやらせないよ」という宣言にも聞こえた。


 攻守交替して、麻乃がスロワー、マーカーがアリサ。


 エンドゾーンでのレシーバーがお姉ちゃん、マーカーがつばめとなった。


 麻乃にスローができるのかな、なんて心配になったけれど、レシーバーがお姉ちゃんだったから不要な心配だった。麻乃は馬鹿の一つ覚えのように高々とハンマースローを投げ上げて、お姉ちゃんが高くジャンプする、という流れ作業。


「うわっ、ずりーーー!」


 麻乃がハンマースローを投げ上げるたびにつばめが非難の声をあげたが、攻撃パターンはずっと同じだった。制空権は完全に制圧されており、パスが風で大きく流された以外のスローを、お姉ちゃんはことごとくキャッチした。


 お姉ちゃんは十投中七投キャッチし、疲れの色ひとつ見せず、涼しい顔をしていた。


「あーー、ずりーーーー。あの高さはずりーーーー。チートだ、チート」


 つばめがさんざん文句を言っているが、その気持ちはよく分かる。


 パスがきちっとお姉ちゃんの手元に合えば、物理的に止めようがなかった。


 攻守交替となり、スロワーがつばめ、マーカーがお姉ちゃん。


 エンドゾーンでのレシーバーがアリサ、マーカーが麻乃となった。


「つばめ、早くっ!」


 お姉ちゃんにべったりガードされたつばめは、なかなかスローを繰り出せず、パスの精度は乱れに乱れた。アリサが麻乃のマークを振り切るのは容易だったが、走り込んだ先にきちんとパスが飛んでこないのだからどうしようもない。


 キャッチ成功は十投中三投のみで、お姉ちゃんのスローを待たずして敗北が決まった。


 アリサ&つばめ   :4/20

 麻乃 &お姉ちゃん :7/10


「勝負は決まったけど、どうする?」


 お姉ちゃんが訊ねると、麻乃はちょっと考えてからこくこくうなずいた。


「……やります」

「オッケー、じゃあやろう」


 スロワーはお姉ちゃん、マーカーがつばめ。


 エンドゾーンでのレシーバーが麻乃、マーカーがアリサとなった。


「アリサ、一本も取られんなよ! 取られたらジュース驕りだからな!」


 つばめの責任転嫁はいつものことなのであっさり無視したが、ディフェンスは一切手を抜かなかった。お姉ちゃんもけっこう厳しめのスローをしていたが、飛んでくるディスクは容赦なく全部叩き落とした。麻乃、キャッチ成功0。


 最終結果を見ると、お姉ちゃんの偉大さが浮き彫りになった。


 アリサ&つばめ   :4/20

 麻乃 &お姉ちゃん :7/20


「この差って、たんにお姉ちゃんの有無だよね」

「うむ」


 つばめと駄弁りながら、神絵師のもとまで戻った。つばめの口数が少ないのは、お姉ちゃん相手に全力で走り回ったからだろう。ぜえぜえと肩で息をしており、軽くグロッキーだ。


 大塚妃沙子は一心不乱に絵を描いており、声をかけるのがためらわれるほどの集中力だった。


 外出ケージの中では、あるてぃまが「ぼくも遊びたい」という顔をしている。


 アリサがあるてぃまをケージから出してやると、お姉ちゃんの足元にまとわりつき、「ねえ、ねえ。ぼくにもディスクを投げてよ」とせがんでいる。


 朝のコソ練で、いつもあるてぃま相手に投げていたのはアリサなのに、お姉ちゃんが目の前にいるときは、もはや迷うことなくお姉ちゃんに向かって尻尾をぴこぴこと振っている。


 お姉ちゃんは片膝をつき、あるてぃまの頭を撫でると、「いい、投げるよ。取ってこれる?」と念入りに確認していた。


 あるてぃまは「うん、投げて! 投げて!」とはしゃいでいる。


 お姉ちゃんはゆったりとした美しいフォームから、お手本のようなバックハンドスローを繰り出した。その光景は、アリサの目にはスローモーションのように見えた。


 ディスクは躍るように空を舞い、あるてぃまは一目散に着地点目がけて疾駆した。


 美しい孤を描いて砂地に軟着陸しようとした円盤をパクッと咥えたあるてぃまは、「どんなもんだい!」とさも得意げになって、尻尾をぱたぱた振りながら戻ってきた。


 お姉ちゃんに頭を撫でられると、あるてぃまは「もっと投げて!」と大はしゃぎだ。


「あるてぃまがアリサに見えるんですけど」


 砂の上で寝そべっているつばめに笑われたが、「違うしっ!」と否定できない。


「お姉ちゃんにもそんなこと言われたな」


 無邪気にはしゃぐあるてぃまとお姉ちゃんを見ながら、アリサがぽつりと呟いた。


 クロッキー帳に絵を描き続けていた大塚妃沙子の手がようやく止まった。


「どんな感じですか、妃沙子氏」


 つばめはクロッキー帳を覗き込むやいなや、「……うまっ」と叫んだ。


 クロッキー帳は目算で百枚ほどのページはありそうだが、つばめが釘付けになっていたのは、いちばん最後のページに描かれた一枚だった。


 バックハンドスローをするお姉ちゃんと、ディスクを追いかけるあるてぃま。


 ためらいのないシンプルな線が、風にそよぐポニーテールと、陽の光を浴びたお姉ちゃんの神々しい横顔を活写していた。


 他のページも見たが、最後の一枚の出来はあまりにも際立っていた。


「妃沙子氏、これっ! これでお願いします!」


 つばめのことだから、ユニフォームは眼帯美少女で押し通すのかと思いきや、もっとも王道をチョイスした。アリサはもちろん異論もあるはずはなく、麻乃も大きくうなずいた。


「お姉さんには見せなくても平気なの?」


 大塚妃沙子が訊ねてきたが、シャイなお姉ちゃんがこの絵を見たらきっと反対するだろう。


「三票入ったので決定です。お姉ちゃんには完成したときに見せます」

「オッケー、かしこまり」


 シートから立ち上がった大塚妃沙子はクロッキー帳を閉じると、ひらひらと手を振りながら立ち去っていった。細部のデザインに関しては任せろ、ということらしい。


「この方向で作ってみるから、あとは出来てのお楽しみ。そんじゃーね」

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