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円盤希望

 ゴールデンウィーク期間中、アルティメット部の合宿所となった羽咲家は、険悪なムードに包まれていた。


 元凶である眼帯小悪魔は、アリサの部屋のベッドを占拠し、立てこもっている。


 パジャマに着替え、布団に寝そべったアリサと背を向け合って、意地でも話そうともしない。


 夫婦喧嘩 (……じゃねえけど)は犬も食わぬとばかりに、あるてぃまはお姉ちゃんの部屋へ脱走した。今頃、お姉ちゃんにべたべた甘えているのだろうと思うと、羨ましくて腹が立つ。


 永世中立国のはずの麻乃も、家から持参した高機能枕を持って、お姉ちゃんの部屋へと避難した。


 アリサもお姉ちゃんの部屋を訪れたが、にっこり笑って追い返された。


「スピリット・オブ・ザ・ゲームの精神はどうしたの?」


 (スピリット)(・オブ)(・ザ・)(ゲーム)の精神と行動マナーについて書かれた公式ハンドブックを渡され、熟読するように、と戒められた。


 1.1アルティメットは、接触禁止、セルフジャッジ制を用いた競技スポーツであり、すべての選手はこのルールに忠実でなければならない。

 アルティメットは、「スピリット・オブ・ザ・ゲーム」という各選手のフェアプレイに対する責任感の上に成り立っている。

 1.2本公式ルールは、いかなる選手も意図的にルールを破ることはないという前提で、反則に対する厳しい罰則は定めず、試合上で起こりえる状況を想定し試合をスムーズに進行させるための方法を示している。

 1.3選手は競技者であると同時に、審判としての役割をも果たすという認識をもつ必要がある。チーム間の議論が発生した場合、選手は以下のことが求められる。

 1.3.1 ルールを熟知していること。

 1.3.2 公正かつ客観的に判断すること。

 1.3.3 正直であること。

 1.3.4 明瞭かつ簡潔に意見を述べること。

 1.3.5 相手チームの意見をしっかりと聞くこと。

 1.3.6 他者に敬意を持った言葉遣いを心がけ、問題の解決は可能な限り速やかに行うこと。

 1.3.7 試合を通して、首尾一貫したコールを行うこと。

 1.3.8 その後のプレイに重大な影響がある場合にのみ、コールを行うこと。

 1.4 競争心の高いプレイは奨励されるが、対戦相手を敬う気持ち、ルールの順守、プレイを楽しむ気持ちを、常に心がけながらプレイすること。


 続きはまだ半分以上あり、まぶたがだんだん重くなってきた。


「チームメイトが間違った場合は注意すること」

「意見の相違や挑発行為に対しては冷静に対応すること」

「相手チームを嘲ったり、威圧しないこと」

「危険なプレーや、攻撃的な態度をとらないこと」

「スピリット・オブ・ザ・ゲームの精神に反した行動をとった選手に対して注意すること」


 学則のような注意書きがつらつらと書かれていた。


 とにもかくにも、「自分を律しよ。争うなかれ」と言っているような気がした。


 つばめと険悪なムードのまま明日の朝を迎えたら、お姉ちゃんのコーチ受諾の件は白紙撤回されてしまうだろう。


 お姉ちゃんはそういうところはきっちりし過ぎていて、遊びがない。


 悪の帝国の眼帯小悪魔は毛布をひっかぶって、座敷童のようにいじけている。


 気分を害すると、すぐこれだ。


 ほんとうにもう、お子様すぎて笑えてくる。


「ねえ、つばめ。そろそろ機嫌直してよ」


 うりゃっ、と毛布を剥ぎ取り、ついでに眼帯を外そうとしたら、手を払いのけられた。


「さわんなっ!」


 死んでも眼帯は外さんぞ、とばかりに右目をガードしている。


 入谷つばめの自己同一性アイデンティティに関わるものに、おいそれと触れてはならなかったらしい。


 ハンドブックにある接触禁止の文字を見て、「はいはい、そうでしたね」と手を引っ込めた。


「ああ、もう分かったから。もう触らないから」


 巣穴を襲撃された野生動物のように怒りをあらわにしているが、そもそもどうしてこんなに怒っているのかがさっぱり理解できない。


 海に落ちたつばめを「ワカメっ!」とからかったからだろうか。


 はて、ワカメって緑色野菜だっただろうか。


 ふとそんな疑問が湧いたが、焼き肉店のワカメスープは美味しそうに飲んでいた気がする。


 ピーマンとブロッコリーは大嫌いだが、ワカメはおそらく嫌いではない。


「ねえ、なに怒ってるのさ」


 威圧的にならないよう、なるたけ柔らかく言ってみたが、つばめは唇を尖らせ、分かりやすくむくれている。ぶつぶつ、なにか呪文のような繰り言をしている。


「え、なに?」


 聞こえないので、ぎりぎり触れない程度まで近くに寄ると、ようやく聞こえた。


「ワカメじゃねーし、つばめだし……」


 どうにも、「自分大好きっこ」は自分の名前を侮蔑されたと感じたようだった。


 空飛ぶあたしを海藻なんかといっしょにするな、ということだろう。


 私のことを蟻扱いするくせに、海藻扱いされると怒るんですか。ああ、そうですか。


 いじけている理由が分かったら、だんだん可愛く思えてきた。


 接触禁止のルールを破り、つばめの頭を強引に撫でた。


「はいはい、ごめん。ワカメじゃない。つばめはつばめ、つーばーめ」

「はなせ、さわんな」


 つばめはじたばたと抵抗するが、本気で抵抗する気がないのは見え見えだった。


「ごめんちょ。こんどクリームパンおごるから。とくべつにメロンパンもつける」

「ゆるさん」


 いつぞやの和解交渉を今度はこちらから持ちかけたが、つばめは「そんなんじゃ足んない」とばかりにぷいっと横を向いた。入谷つばめのアイデンティティを侵害した罪はクリームパンとメロンパンではチャラにならないらしい。


「じゃあ、なんならいいの?」


 スピリット・オブ・ザ・ゲームの精神に則り、つばめの意見に耳を傾けることにした。


 ひとまず聞いた上で、公正かつ客観的に判断しようではないか。


円盤ディスクが欲しい」

「は?」


 そんなの自分で買えよ、と思ったが、どうにも普通のフライングディスクではないらしい。


「あたしのイラストが入ったオリジナルディスクが欲しい」

「それは……」

「あと、ユニフォーム」


 無理だろう、というよりも先に、つばめがついでのように付け加えた。


 入谷つばめが欲しているのは、ハバタキの神絵師に描いてもらった眼帯美少女のイラストをプリントしたフライングディスクとユニフォームであるようだった。


「あたしのプリントされたユニフォームを着て練習して、それで試合にも出る!」

「それはちょっと……」

「ちょっと、なに?」


 青い髪、赤目、眼帯のキャラクターイラストが描かれたディスクは、まあ、良しとしよう。


 投げてしまえば、絵柄なんて目に触れないから。しかし、ユニフォームまでは無理だ。


「ディスクはいい。ユニフォームはダメ! ぜったい、ダメ!」

「なんで?」

「ユニフォームって、チーム全員が同じデザインなんだよ。つばめ個人のものだったら好きにしてくれていいけど、それを公式のユニフォームにはできない」


 アリサがまくし立てるように言うと、つばめは不満げな顔をした。


「じゃあ、なんならいいの?」

「そりゃあ、鎌倉にちなんだデザインでしょう。チーム名に『鎌倉アルティメット・ガールズ』って、つけたんだし」


 常識的な提案をしたはずだが、つばめは納得した様子はない。


「鎌倉にちなんだデザインってどんなデザイン?」

「そんなの、大仏とか、江ノ電とか……」

「ユニフォームに大仏を描くの? ダサくね」


 鎌倉といえば大仏だが、では大仏のプリントされたユニフォームを着たいかといえばそんなことはなく、江ノ電は味わい深いが、ユニフォームに描くにはノスタルジックに過ぎる。


「大仏か、江ノ電か、眼帯美少女の三択なら、だんぜん眼帯じゃね」

「なに、その究極の三択……」


 その三択ならば江ノ電に一票を投じるが、しかし消極的な一票だ。


 これしかない、と積極的に推したいわけではない。


 期せずして「ユニフォームどうするか問題」が浮上したが、対案がなければ、このまま眼帯美少女が公式ユニフォームに採用されてしまいかねない。


「ユニフォームは部員が揃ってから決めればいいじゃん」


 アリサが逃げの一手を打ったが、「ユニフォームのデザイン決めちゃうぞ委員会」を発足したつばめが聞くはずはなかった。


「だめ、今決める! すぐ決める! 待ったなし!」

「じゃあ、せめてお姉ちゃんと麻乃の意見も聞こう。一人一票で、最多得票のデザインを公式ユニフォームに採用するのでどう?」

「オッケー、それでいい」


 困ったぞ、これはなんと由々しき事態か。


 麻乃はおそらくデザイン案は出してこないだろう。


 つばめにごり押しされ、麻乃が抱き込まれたら向こうが二票になる。


 お姉ちゃんは私の味方だと思いたいが、しかし過信はできない。


 万が一にもつばめ案が採用されてしまったら、もう後戻りは叶わない。


「あ、そうだ。妃沙子氏に相談してみよっと」

「だれ?」

「神ですよ、神! ハバタキの神!」


 眼帯美少女のイラストを描いたハバタキの神絵師は、大塚妃沙子というらしい。


 つばめは神絵師とちゃっかり連絡先を交換していたらしく、スマホをポチポチといじって、「ユニフォームのデザインしてくださいませませ」と依頼していた。

 しかし、相手は多忙なプロだ。


 こんなふざけた依頼には応じてはくれまい、と思っていたら、速攻で返事が来た。


 >ユニフォームのデザインしてくださいませませ


 >Σd(≧▽≦*)OK!!

 >なんのユニ?


 >『鎌倉アルティメット・ガールズ』のユニです


 >とりま、明日鎌倉行くわ


 トップ交渉はあっさりまとまったらしく、明朝、神絵師が鎌倉に降臨するらしい。


 ハバタキの神は、ずいぶんとフットワークが軽いようだ。


 つばめは満面の笑みを浮かべて、アラームの設定をしている。朝、寝過ごさないようにとの配慮らしいが、時間を見ると「AM5:00」となっていた。


「いくらなんでも早過ぎでしょ、それ」

「よし、寝るよ。おやすみ」


 つばめは有無も言わさず消灯すると、いきなり抱き枕のように抱きついてきた。


 ユニフォームのデザインをしてもらうのが楽しみすぎるのか、やけに鼻息が荒い。


「……接触禁止」

「うるさい、寝ろ」


 とかなんとか言いながら、海藻のようにもぞもぞと動いている。


 寝苦しいので引っぺがそうとするが、ぜんぜん離れない。


 ものの数分と経たず、すやすやと安らかな寝息が聞こえてきた。


 どうにも目が冴えて眠れない。ユニフォームが眼帯美少女になってしまったらどうしよう、と恐怖しながら目をつむり、無理やりにでも眠ることにした。

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