日曜日の唐揚げ連合軍
「おっしゃ、カモーン」
放課後、緑の芝生の校庭で、つばめを相手にフライングディスクを投げた。
いつもは由比ガ浜海岸の砂浜で、あるてぃまを相手にディスクを投げていたから、対人で投げるのは初めてだった。
初心者の麻乃への実演も兼ねて、つばめはほんの三メートルほど先に立たせている。
距離を測ったことはないが、五十メートルぐらいならば、たぶん投げられるだろう。でも、いきなりロングスローをする必要はなく、まずは短い距離のパスができるようになればいい。
スナップを効かせて、バックハンドで投げると、つばめは難なくキャッチした。
「投げ方もいろいろあるんだけど、いちばんオーソドックスなのがこれ」
「いくぞ、おらあっ!」
腰を不必要なぐらいにひねったつばめは、奇声をあげながらディスクをぶん投げてきた。
しかし、途中でへなへなと失速し、アリサの足元にぼとりと落下した。
「お?」
うまく投げられず、意外そうな顔をしたが、最初はそんなものだ。いかに運動センス抜群のつばめでも、そんなにすぐにディスクを思いのままに操れるはずがない。
「さっきのはバックハンドスロー、これがフォアハンドスローね。テニスでも利き手側からのショットをフォアハンド、利き手と反対側のショットをバックハンドっていうでしょう」
つばめの胸元目がけて、横手からフォアハンドスローを繰り出した。
ディスクをキャッチし、咥えて戻ってくるあるてぃまも可愛いが、人間相手にディスクを投げるのはとても楽しかった。
つばめが投げ返してきたディスクは美しい円弧を描き、ぐぐっと曲がった。
わずか二投目にして、いきなり綺麗なカーブをかけてきた。
「おおっ!」
握り方などを教えるまでもなく、いきなり上手く投げられて、ちょっとムカついた。
アリサはディスクをキャッチすると、麻乃に投げ方のレクチャーをした。
「まずは表に親指を乗せるでしょう。裏に残りの指を添えて、安定するように握ってみて」
麻乃は言われるがまま、おっかなびっくりとディスクを保持した。
「地面と平行にディスクを構える。投げる瞬間に手首をスナップさせて回転をかけるんだけど、ドアをノックするようなイメージかな。さあ、投げてみて」
麻乃はのろのろとディスクを投げたが、へろへろと足元に落ちた。
「最初はそんなものだよ、じゃあもう一回」
ディスクを拾った麻乃は、もういちどバックハンドで投げたけれど、つばめの手元まで届かなかった。わずかに浮いたあと、猟師に撃たれた鳥のように、ぼとりと落下した。
「むずかしいね。でも、楽しい」
麻乃の顔がほころんでいた。
「もっとかっちょいい投げ方はないの?」
三投目にして、つばめは平然と投げ返してきた。
アリサは野球選手のように上手でディスクを放ると、山なりになって飛んだ。
「これがハンマースロー。ディスクの裏面が上を向いて飛ぶから、アップサイドダウンスローともいうみたい」
「おお、なんだそれ。だせえけど、かっけえ」
つばめも見よう見まねで投げ返してきて、それなりに様になっていた。
アリサはフォアハンドスローの握りをすると、ディスクを裏返して構えた。ハンマースローのときは右耳の辺りから放ったが、今回は左耳の辺りからディスクを放った。
「これがスクーバ。ちょっと上級編かな」
まず右から左に曲がるように投げ、お次はまっすぐ、そして左から右に流れるように投げた。意図的に回転方向を操ってみせると、さすがのつばめもいきなり真似はできないようだった。
運動服に着替えず、制服姿のままでディスクを投げていると、周りの生徒たちもちらちらと見ていて、けっこう注目を浴びた。麻乃のスローは変わらずヘロヘロだったけれど、つばめは小躍りしながら曲芸のようにキャッチしては、奇抜なフォームで投げ返してきた。
「わはは、おもしれっ」
独特の浮遊感のある投げ心地にすっかりハマったらしい。数メートルの距離でのスローでは物足りなかったのか、いきなり二十メートルぐらい離れ、つばめはバックハンドで投げた。
アリサと麻乃の立っている位置からはずいぶん逸れたけれど、つばめはきゃっきゃと喜んでいる。麻乃に投げ方を再レクチャーしていると、「早く投げてこい」と急かされた。
「いくよ、つばめ。ちゃんと取れよ!」
校庭の奥に人がいないのをしっかり確認してから、アリサは低く沈み込んだ。つばめの頭上を越えていくようなロングスローを放つと、「つばめ、ゴー!」と号令をかけた。
あるてぃまは落下地点まで一目散に走っていくが、つばめは上空を見ながら走っている。
左から右へ切れていき、走り込んだつばめの手をかすめて落ちた。
いったん戻ってこい、とジェスチャーすると、つばめが犬のように戻ってきた。ブラウスにじっとりと汗が滲んでいた。着崩せないタイプの制服なので、運動するにはわずらわしい。
「あるてぃまなら取ってたよ。つばめ、犬以下」
アリサが挑発するように言うと、つばめは肩をすくめた。
「犬相手にコソ練してたのか。さみしいやつ」
ちょっとカチンときたが、黙っていると、つばめは続けて言った。
「私、勉強してなーい、とか言いながら、がっつり勉強してるやつだもんね、アリサは」
「つばめが、あたし勉強してなーい、というときはガチで勉強してないじゃん」
テスト返却後、つばめが「……死んだ」というときは、間違いなく死んでいる。
たしか、そのときだった。「神は死んだ」とかいう、ニーチェの言葉を言い出したのは。
つばめとアリサがぎゃあぎゃあ言い争っていると、バレー部で、「モッティー大砲《バズーカ―》」の異名を持つウイングスパイカーの望田貞奈が腰を押さえながら、よろよろと歩いていた。
色白のお月さまみたいなまんまるの顔に似合わず、よく走り、よく飛び、よく滑る。
上背はそんなにある方ではないが、体育のバレーの授業では強烈なスパイクを叩きつけたかと思うと、地面にボールが落ちそうになるや、勇敢にフロアにダイブしていた。
つばめとは「日曜日の唐揚げ連合軍」を結成しており、なんだかんだで仲が良い。
「どしたの、モッティー。今日は部活ないの?」
「腰がめっちゃ痛い。ぎっくり腰かも」
「え、やばいじゃん。それ」
「バレーやってると、腰痛は持病だよ。去年の冬からときどき痛むんだよね」
喋るのも苦痛とばかりに、モッティーは脂汗を浮かべている。
とにかくジャンプしまくりのバレー選手にとって、腰痛はもはや持病のようなものらしい。
少々の痛みがあっても、レギュラー争いが熾烈で、おちおち休んでもいられないという。
「大丈夫なの、肩貸そうか」
「痛み止め飲むから平気。サンキュー、つばめ」
モッティーは心配ご無用とばかりに、よろよろと体育館の方へ這うように歩いていった。
なるべく腰に負担をかけないよう、ずりずりと足を引きずる姿はカタツムリのように見えた。
「ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん。あんな状態で部活を続けたら、腰をぶっ壊しちゃうよ」
友達想いの良いやつだな、とつばめらしからぬ言動に感心していると、にたりと笑った。
「しょうがない。モッティーが骨なしチキンになる前に勧誘すっか」
「はあ?」
つばめはモッティーの隣へ駆け寄っていき、大袈裟な身振り手振りを交えて話しかけている。
腰に激痛が走っているときに勧誘ゾンビにしつこく絡まれるなんて、まるで悪夢だ。
手元にバールがあったら、間違いなく脳天目がけて振りかざしていることだろう。
つばめのことは放っておいて、麻乃と二人で練習をすることにした。
「練習しよっか」
「運動部って、いろいろたいへんだね」
ゆっくりと短いパスを投げ合いながら、麻乃がしみじみと言った。
「創部前から悪評が立たなきゃいいけど」
溜息まじりに投げたディスクは風に流され、麻乃の手からこぼれ落ちた。




