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顧問

 つばめにむりやり拉致され、アリサは職員室へと足を踏み入れた。


 アリサの後ろには、麻乃がおずおずと付いてきた。


 石田先生は自席で緑茶をすすりながら、生徒たちの修養日誌に目を通していた。


「先生、日誌を持ってきました」


 朝の提出に間に合わなかったにもかかわらず、つばめはほとんど悪びれもせず、修養日誌を提出した。日誌は開いたままで、「今すぐ読んでくれ」と言わんばかりだ。


 汎神タイガース、虎&蟻、最終兵器鎌女、最終兵器お姉ちゃんズ、などと並んだ一ページを見れば、短気な教師であれば激怒しそうなものだが、石田先生は興味深げに目を細めた。


「入谷さんらしい日誌ですね」


 これだけでも、なんという神対応かと感激してしまうが、つばめはさらに図々しく言った。


「アルティメット部を作ろうと思っているんです。先生、顧問になってください」


 石田先生は緑茶をすすり、「なんですか、それは?」と訊ねた。


「詳しくはアリサが説明します。言い出しっぺはこいつなので」


 いきなり説明を丸投げされたので、アリサはしどろもどろになった。


 しかし、なんとかかんとかアルティメットの概要と基本的なルールについて伝えた。


 フライングディスクを用いた競技であること、七人対七人であること、フェアプレー精神のスピリット・オブ・ザ・ゲームに則った自己審判制であることなどをかいつまんで説明した。


「セルフジャッジ制なのですか。それは面白いですね」


 教師らしい教師である石田先生が特に興味を示したのは、スピリット・オブ・ザ・ゲームについて説明したときだった。


「部員の希望者は今のところ三名ということですが、最低五名がいないと部活動としては承認できません。人数を集めるのは最低条件で、部としての活動実績も必要です」


「活動実績ってなんですか?」


 アリサが訊ねると、石田先生が答えた。


「運動部であれば、なにかの大会に出場するとかですね」


 中学生向けの大会があるのかまではリサーチしていない。アルティメット部を創部するには、石田先生でなくとも顧問が必要で、いきなり暗礁に乗り上げた格好だ。


「そこらへんはなんとかしまーす」


 つばめは楽観的な笑みを浮かべ、あっさりと言った。


「私は競技の指導はできないので、だれかコーチをお願いしなければなりませんよ。それも、学院にゆかりのある人物でなければ承認されないでしょう」


「そこらへんもなんとかしまーす」


 なにか考えがあるのか、それともただの暴走なのか、つばめは「活動実績と外部コーチの件は大丈夫です」と安請け合いした。


「顧問をやってください。よろしくお願いします」


 眼帯を付けたままのつばめが可愛こぶると、ちょっと恫喝めいているような気がしないでもない。顧問をやってくれないとここで暴れちゃうぞ、という脅しなのだろうか。釘がたくさん打たれた木のバットを持って、チューインガムをくちゃくちゃしていたら完璧だ。


 石田先生はちょっと困った表情を浮かべ、緑茶を啜った。


「これはチーム名かなにかですか?」


「そうでーす。あたし的には最終兵器鎌女がいいんですけど、先生はどうですか」


 ここぞとばかりに廃案になったはずのチーム名を持ちだしてきた。


 それはボツにしたばかりだろう、と睨んだが、つばめはどこ吹く風だ。


「鎌女という略され方は、あまり好きではありません」

「どうしてですか?」


 つばめはキョトンとして聞き返した。


「字面だけを見ると、鎌を持った女ですからね。鎌からカマキリを連想する人もいます。カマキリは交尾のあと、雌が雄を食べてしまうそうですから、イメージは良くありません」


 石田先生が淡々と語った。


「カマキリを漢字でどう書くか、知っていますか?」


 つばめが首を傾げ、修養日誌の余白に「鎌切」と書いた。


「正しくはこう書きます」


 石田先生はにこやかに微笑みながら、こう書いた。


 ――「蟷螂/螳螂」。


「これで、カマキリって読むんですか?」

「トウロウとも読みますね」


 石田先生は読み方を言ったきり、それ以上の説明は慎んだ。どうしてその名がついたのか、知りたかったら自分たちでお調べなさい、ということだろう。


「鎌女でなければ、どんな略称であればいいですか?」


 アリサが訊ねると、石田先生はあっさりと答えた。


「鎌学ですかね。ここは鎌倉にある学びの場ですから」


 先生は「学び」という文字に、ひとかたならぬ敬意を抱いているようだった。


「それじゃあ、最終兵器鎌女はナシですよね」


 つばめは愛想笑いを浮かべ、「最終兵器鎌女」の文字に斜線を引っ張ろうとした。


「どうしてもその名を付けたいなら、顧問は引き受けられません」

「……え?」


 アリサは、思わずつばめと顔を見合わせた。


「このチーム名じゃなかったらいいんですか?」


 石田先生はにこりと笑った。


「お嬢さんたちがやりたい、と言っているものをできる限り応援するのは教師の務めです」


 つばめの修養日誌の末尾に赤ペンで「顧問、お引き受けします」と書いた。しっかり注釈を加えるのも忘れず、「ただし、チーム名はこちらにするのが条件です」と書き添えた。


 注釈から矢印を引っ張ったのは、「鎌倉アルティメット・ガールズ」だった。

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