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4.穴の底


 足場が消えた瞬間、リディアは自分とキーファに風魔法をかけ落下スピードを減速させた。


 けれど、地面まで残りわずかというところでフッと魔法そのものが消えた。


 まるで転びかけた時に、思わず掴まった手すりが消えてしまったかのような感覚。


 もう一度魔法を発現させようとしたが、全くできない。


 着地にはまだ高すぎる。瞬間手を泳がせてバランスを崩したリディアの腕を引き寄せ、キーファが抱え込む。


 彼がリディアの頭を腕の中、更に胸にぎゅっとしまい込み、同時に自分が下になるように受け身を取る。


 こういう時は、それに逆らわないほうがいい。身体を小さく丸めて彼が受けるダメージを減らすようにそのまま任せていたら、彼の背中越しに軽い衝撃がきた。


「リディア、大丈夫ですか?」

「キーファこそ!」


 リディアは言いながら、小さな光球を作ろうとした。初歩の魔法だけど、明かりとしてよく使われる。そして、まず光源を確保するのは原則。


 でも周囲に何がいるか、何があるかわからない状況下では、目立たないように光は最小限に。けれど光は一瞬発現しかけて、すぐに消えてしまった。


 一瞬見えた中では、洞窟のような感じだった。生物のようなものはいなかった。

 

 続いてキーファが自分の腰から魔法が付与された魔法剣を取り出す。わずかに彼の周囲に蒼い魔力波が揺らぐのがリディアには見えた。そして、魔法剣がほんのり光る。

 青白い光の中で、二人は周囲を見渡す。


「魔力の伝導はできるみたいね」



 魔法は、魔法術式を頭の中で展開、さらに自分の魔力を放ち自然界の『水、木、火、土、金、風』の六属性に請願詞に唱え発現させるもの。


 落ちる瞬間、リディアは反射的に魔法を発現させようとした。

 そして今も光球を作ろうとした、なのに何かに消されたような感触だった。


 確かに六属性の反応はあった。――ただ弱い。空間で何かが作用があると感じた。


 キーファがしたように、魔法具に直接魔力を流し込む魔法ならば発現できるみたいだ。


 二人で頭上を見上げる。

 穴は十メートルほどの深さがあるだろうか。減速できたのは、残り三メートルを残しての地点。

 そこからでも結構な高さで、しかもリディアを抱えてだから、キーファは十分な受け身がとれなかったはず。


 打ち身と怪我、両方を心配するリディアに彼は首を振って、魔法衣がありましたから、とさらりと言った。


 確かに、二人が身にまとう魔法衣もボディスーツも魔獣の攻撃を防ぐし、衝撃にも強い。それでも、と心配しているリディアに苦笑しながら、彼はゴーグルを外した。


 彼は保護欲が強く、いつも自分を守ろうとしてくれる。少しの申し訳なさはあるが、それは頭から追いやる。

 任務で余裕がある場合は助けあうのは当然、自分は自分のできることをやる。だからリディアは「ちょっと手を貸して」と彼の手を取る。


 治癒魔法師のリディアにとって団員に触れるのは、慣れた行為だ。しかも気を許している彼には治療を何度かさせてもらっている。


 だから触ることに躊躇なく、彼からOKが出る前にそれをしていた。


「魔力波も、身体損傷もないね」


 魔力波、というのは、魔法師の本人が放つ魔力の波形のこと。普通は機械で測るものだが、リディアは治癒魔法師としてスキャンして感知することができる。


 魔力波が乱れていれば、魔力の滞りという損傷があることだけど、キーファのそれは身体を綺麗に覆っていてよどみがない。そして身体にも傷はない。


 それを確認してフッと顔をあげれば、彼は裸眼のまま微苦笑していた。

 普段は眼鏡をしている彼の目を直接見るのは新鮮で、瞳は大きく見えるし、魔法剣の淡い光に照らされているせいか、闇に浮かぶ青白い光の中で照らされた虹彩は濃く見える。


「あ、ごめんなさい。つい――」


 触れるのに慣れていたと言っても、まず相手の許可をもらってから。つい先に手が出てしまうのは、常識知らずだ。勝手に相手に触れるなんて許されない。


「いや。嬉しいけど、意識されてないのか、それともそこまで気を許されているのか。どっちと取ればいいですか?」


 直球で突っ込まれて思わず固まると、彼は微笑んだ。


「“意識してない”と即答されなくてよかった。――リディアこそ怪我はないですね」

「――うん」


 かれはゴーグルを外し眼鏡もしないまま微笑みながら、リディアの状態に目を走らせている。

 昔の彼は、眼鏡越しに綺麗な蒼い目を見せていた。けれど、もともと眼鏡がなくても困らない程度の視力だったという。現在、魔法が使えるようになって視力も回復したそうだ。 


 ――そういうことはたまにある。


 それとも、リディアが過去に何度か彼に回復魔法をかけたことが影響しているのか。その辺の原因は不明だ。ただ、やはりよく見えた方がいいと眼鏡をかけていることが多い。


 眼鏡がない彼に戸惑っているわけではなく、返答に困っているリディアにサラリとこの話題を終わらせる。


 彼は本当に自分よりも上手(うわて)だ。


 一応の注意、でももしかしたら意識して欲しいとの念押しなのか、と迷う前に会話は次に進んでいる。


 ――リディアは、彼が生徒時代に告白されている。


 教員と生徒としては、それは許されない。断ろうとしたら、彼は『実力をつけるまで返答しないで猶予期間が欲しい』と言った。しかも『付き合うとかではなく、自分が好きだと告げたいだけ』と。


 ――その返答は、できていない。リディアが団長のディアンと付き合うことになって正式に断ろうとした時、彼は『俺が好きなのは変わりません』と。


 そのままにしている自分は、甘えているのか、男性の気持ちをもてあそぶ悪女になっているような気もする。


『他の子に気持ちを向けて』と言いかければ『それを決めるのは自分です』と断言されて、確かにと納得もさせられてしまった。彼の感情に介入するのはあまりにも失礼だ。でもそうすると、どうすればいいのか、わからない。


 グルグルと悩んでいると『そのままでいいです』と言われる。


『奴の罠にはまってんだよ』、と同僚で親友のシリルに面白そうに言われたが、そこまでキーファは策士なのかなと思えば、『そうだ』とも言われる。


 結局、そのままだ。


「リディア。すみません、ついからかって。――そろそろ、ここを動いたほうがよさそうかと」

「あ」


(――今はそんなことを考えている場合じゃない!)


 リディアの内面を気づいてそうで、じっと微笑しながら面白そうに見ていたキーファは、それ以上は何も言わず周囲を見渡す。


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