50.アーサーを慕う理由
「たまに、この塔の中で意思を感じるよ。人工か自然のものかは不明だが」
「……それはよく言われますが」
教授は否定でも肯定でもないように首を振る。たしか四十代半ばと聞いたがもっと若く見えるのは、世界中を飛び回るフットワークの軽さだろう。白髪もなく、深い赤毛が夕日に映える。リディアが尊敬し慕い話すのはよく聞いていた。
確かにディアンも尊敬していたが、慕いすぎじゃないかと思う時もある。アイツは、両親に恵まれなかったから、妙に親父世代に懐くところもある。が、そんなことを思いだし、どうでもいいと思考から追いやる。
「そうじゃなくてね。誰かがいるような。――怖い存在じゃない、記憶の残像のようなものかな。恐らく昔は、建物としてにぎわっていたのだろう。その中でもひときわ何か訴えている声が聞こえる気がするんだ」
「訴えている?」
「誰かを待っている」
ディアンは再度、塔を振り仰ぐ。だいぶ離れたところにでていた。
「それが、ディアノブルの塔の主」
「かもしれないが、まだわからない。私の目的の書物も見つからないし、魔神のことも不明だしね。ここのどこかを探れば魔神のこともわかるかもしれないが――」
「……この塔は、目的以外のものを見せないと聞いてます」
アーサーが頷く。
つまり、部下を入らせても何も得られない理由はそこにもあった。アーサーは魔法陣の始祖を探すために入塔できているが、何の目的もなくただこの塔を探りたいだけでは何も得られない。部下たちは、皆が別々のことを言う。
鏡張りの空間をさまよった。ひたすら書棚が並び、それが動き迷路の様でようよう出てきた。落とし穴にはまり、外に放り出された。
塔の中にある資料で、解毒剤も魔神のこともわかるかもしれないが、どうやって入ればいいのか。
「ほしい資料というものは、時としていきなり手に入ることがある」
「……はい?」
「ずっとほしい、見たいと思っていてもタイトルを見かけるだけでなかなか手に入らない。けれどひょんな方法で手に入れられることがある。リディア君は大事な生徒だ、必ず手を尽くす、だから待っていて欲しい」
自分たちがしなければいけない仕事を、アーサーに励まされてディアンは感謝を示して頭を下げた。
「本当は、アイツを連れてきてやりたかった」
「ああ。彼女は本が好きだからね」
一般の図書館に行くと、リディアは「解散して一時間後に集合ね」という。ぷらぷらして待っていると、腕に抱えきれないほど二十冊くらいの本を抱えて、机に置く。どうするのかと聞くと、これから借りる本を選別するのだと言う。
その中には、料理や菓子の本、刺繍本や旅行本、宗教や星の本、ミステリーに更には恋愛小説まで並べている。ディアンがたまたま恋愛本を手にするといきなり慌てて隠す。
(そういや、砂漠の王子に見初められる本があったな……)
アイツはそう言うのが好きだったのか、とディアンは眉間にしわを寄せる。
「国会図書館は、リクエストシステムだからね、蔵書を眺めて探すことができなくてつまらない、そう彼女と話が盛り上がったよ」
「アイツはそんな感じですね」
目的のテーマで検索をかけて、目当ての資料を見つけたら電子システム上でリクエストする。それをコピーするなり、取り込むなりして終わりだ。が、無駄のない行動をするアーサーも好むのかと驚く。
「自分の専門外の知識が、その先のアイディアに繋がることはよくあるからね。最初から目的のものだけしか見られないのはつまらない。無駄な情報などない」
「確かに」
”無駄な情報などない”、それが別の機会の情報とつながり、解決へと導く時がある。それはディアンも同意見だ。
それはそうと、とアーサーが周囲に目を向ける。
「塔に入れなくても、都市の中の図書館巡りならばさせてあげられたのに」
「それは、甘いですよ」
一応、アーサーの助手兼、師団の護衛だ。そう言えば、アーサーは笑う。
「それでも、生徒にそれぐらいの自由を与えなくてはね」
ディアンは、彼女が彼を慕う理由がわかる気がした。彼女に対して自分はそこまで甘やかしたことがなかった。




