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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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24.リディアの訪れ

 真っ先に駆け寄ったのはシリルだった。赤毛の男を押しのけて、リディアの細く白い腕に手をかける。引き寄せようとした瞬間、それを留めたのは今押しのけられた男だった。


「ちょいと待て。 まずは報酬だ――」


 シリルが不機嫌そうに歯をむき出しにして威嚇する、だが彼女は赤毛の男の腕を振りはらえない。シリルの腱を押さえ、かつ距離を詰めている、無理に払えばリディアに手が当たってしまうこと、すべて計算している。


 それに気づいてディアンは思っていたよりも赤毛の動きが実戦的なことに眉をひそめた。だがすぐに目を離し、リディアを見つめる。


 目の端の方では、シリルは一度腕を落とし、てこのように腕を振り上げて赤毛の腕を外させていた。赤毛もその動きに気づいて、自ら力を抜く。

 要は互いに牽制しあっているだけだった。


 わずかな間だったが、呆然とし、それをとりなすわけでもなく見ていたリディアは次の瞬間にはシリルに抱きしめられていた。


 でもその眼差しはシリルの肩越しにあるディアンに向けられている。

 

 ディックが指で金貨を一枚はじいて赤毛に投げる。純金のムーンリーフ産の一枚の相場はグレイスランドでは二十五マン。


 報酬としては法外な値段だが、リディアを連れてきた、それだけで充分以上の仕事だ。そして、誰もそんなことにこだわることはなかった。


「――リディア、私がわかるか?」


 リディアはひたすらこっちを見ている。シリルがその視線を奪うように、その頬を両手で挟み、顔をのぞき込む。ようやくディアンから視線を外したリディアは、シリルの目をじっと見つめて、それから静かに首を横にふる。


 困惑から申し訳なさへと変わる表情。いつも辛いという感情を隠して、そんな顔を見せる女じゃなかった。


 でも、それが今はディアンの心を揺さぶる。

 ずっと我慢させていたのだと。


 同時に、それがリディアの強さだったと思う。――それこそがリディアで、今は取りつくろうことができないのだと置かれた状況を改めて思い知る。


「ごめん……なさい」


 シリルは、落胆を見せなかった。頭を抱きしめて「大丈夫だ」と自分たちに向けるのとはかなり違う声音で、優しく背を叩く。


「――あなたも、私の知り合いなのね」


 リディアを愛してそれを表現しまくりのシリルは傷ついたかもしれない。が、シリルはわずかに黙り、そうだなと小さく呟く。


「いや……恋人、だよ」

「……え」

「は?」「おい」


 思わず突っ込みの声を発したのはディックと同様だった。


「リディ。アンタは私と付き合っていた。いいさ、思い出せねえなら、最初からやり直せばいい」


 そして頬にキスをする。ディアンをちらりと見るリディア。本当? と問いかける瞳に焦る。


 情報を処理できずシリルに抱きしめられたままのリディアに、シリルは本当に口づけしようとするのを、慌ててディックが止める。


「おいおいおい。ちょっと待て」

「んだよ。リディは今完全フリーだろ、役所記録も白紙。気に病むなよ、未来はこれから作っていけばいいんだ」


 随分前向きで、まるで歌詞になりそうな文句をつげながら、抱きしめるシリルの抱擁は強い。止めないと洗脳されそうだ。ディックが本気で割りいる。


「ちょっと待てよ」

「何だよディック、お前は参戦しねえのか」


 兄替わりでリディアを諦めていたディックが、はっと目を瞬く。そうか、と手を叩きそうな勢いだ。


「おいボス。そう言うわけでアンタに譲る必要はなくなったからな」

 

 どこからこんな茶番が始まった? 

 睨むディアンに、二人は勝ち誇った顔だ。リディアだけが無防備に困惑している。

 

 リディアの取り合いをされることはあったが、そこには一線を超えないという二人の意思があった。リディアもそこには苦笑を見せ、冗談だよねと済ませていた。


 なのに『本当?』とこちらを見る表情に、言い含められそうな危惧を覚えた。


「――なあ。その話、俺ものってもいい?」


 シリルの銃口は既に、そのふざけたことを発する口を持つ赤毛に向けられていた。


「用済みは、さっさと帰れ」


 赤毛は口端をついとあげて笑っている。それにディアンは興味なさげに声を投げつけた。


「シヴァ・エーロ。ヴァルハラの姓を捨てる代わり生き延びた王弟だな、街中でよく喧嘩を吹っかけられて立ち回りを演じている道化らしいが」

「それは実力をかわれてのこと。美女か金貨の報酬でいつでもお望みの働きを」

 

 にんまり笑うが、その目は笑っていない。報酬が貰えれば何でもする、というのはどこまで本当か。何が目的だ。ようやくディアンはそちらに目を向ける。


「――十分な報酬だったはずだ」

「お姫さまを連れ出すのはずいぶんな労力だった。しかも陛下の寵姫。片時も離さないものだから、その苦労を上乗せして頂けたら重畳」


 ディアンが目を眇めると、すうっとその場の温度が下がっていく。砂漠の夜は涼しいが、太陽が昇り始めると、強い日差しが宿を焼く。


 この地方の女性は、軽装だが外出時は長袖、長丈の衣装、さらに身体を覆う長い布を纏う。リディアは、忍び出てきたのだろう、室内用の衣装に外套だけ。


 朝方のすでに熱し始めたこの部屋が、急速冷凍庫に変わり慌ててディックとセシルは防護膜(シールド)を張る。


 が、ディアンの垂れ流し魔力には敵わない。


「やべっ、いつもリディ頼みだったから、追いつけねえ」


 防御膜に関しては、リディアが第一師団で一番だった。団長(ディアン)の本気の攻撃は無理だとしても、脅し程度ならば負けてない。なのに、今のリディアは不安そうに顔を曇らせ、何が起こっているのかといぶかし気に腕をさすって佇んでいる。


 いつもならば、ディアンの不機嫌さに気づいて即座に全員に防護膜(シールド)を張るのに。そして脱いでいた外套を、冷気に再度羽織ろうとしていた。


 ディアンはそれに気づいて、自分の魔力を外してやった。

 

 難しい。人を選ぶのは苦手なのだ。若干冷気がなくなって、不思議そうに腕をさするリディア。外套を羽織るのをやめた彼女をディアンはじっと見つめる。


 ――少しやせた。それは、砂漠越えのせいではないだろう。


 彼女は、あの夜見たような薄物を纏っていた。大判の一枚布を肩下で背から胸元にまわし、クロスさせて首で結ぶこちらの女性の特有の格好だ。むき出しの白い肩は細くなった気がする。

 

 それ以上に気になったのがかなり露出の激しい太腿。

 母国ならば、キャミソールにショートパンツぐらいの肌の露出だが、怒りがこみ上げる。


 わかっている、これは嫉妬だ。


 魔力が弱く、生気がない。

 リディアが浮気をしたのではなく、具合を崩していて男がそれを利用しているだけだとわかっていた。


 あの時は、まるで行為後のように、しなだれかかり睦言を戯れているのだと、見せつけられているのだとわかっていた。


 リディアの不調に気づき、一気に先制をするはずが、阻まれた。冷静さはなかった。そして今も、その恰好に腹立ちを覚えている自分がいる。


 そして睨みつけるようなディアンの視線をリディアは受け止めていた。それに冷静さを取り戻す。

 リディアはこの間の様に怯えていない。それにホッとする。怯えられていない、それがこんなに安堵をもたらすなんて思わなかった。それよりひたむきな瞳に、同じく視線を返す。


「――何か、思い出すことがあるか?」


 首を振るリディア。強い視線の時もあれば、迷子の子供のような時もある。まだ警戒されていると思っていても限界だった。


 ――抱きしめる、無理やりでも。そう思って手を伸ばしかけた時だった。


「あの、この感覚ってこれって――魔法? ……あの、魔法って」


 「何?」そうつぶやいた声が部屋に溶けた。


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