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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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13.交渉


「あの男のことを考えていたのか?」


 背を向けて寝ていたリディアは、その声に身動きしなかった。もう朝日が差し込み始めているのに、彼に遠慮して侍女たちは起こしにこない。 


 そしてファズーンは出て行かない。明け方なのに、まだいるのはどうしてだろう。


「一睡もしていないだろう」


 後ろから瞼に手を伸ばされて、払いのけようとした右手を掴まれた。


「共寝を見られたのがそんなに嫌か? 既に慣れていたのに」

「違います」


 共寝と言っても、行為はしていない。

 訂正と苦情を混ぜてそちらに向き直り外そうとした右手。

 けれど逆手にねじられて、うつぶせにされて腰を右足で押し付けられていた。痛む右手と強く寝台に押し付けられた胸。

 まるで捕縛された虜囚だ。それを軽々と自分の妃にも行う冷酷さ。


 全体重をかけられたわけではない、なのに重くて身動きができない。息ができない。


(――かなわない)


「か弱き体で敵うと思うな。十分に手加減しているが、壊してしまいそうでこちらが怖い」


 喉を鳴らして笑っている、なのに声は冷淡で獰猛な響き。怒りが混じっていることに怖さも覚えたが、同時にこのままじゃいけないと思う。


「お願いが、あります」

「――なるほど」


 振り仰げば、目を瞬き興味を持ったような響き。けれどまだ、抑えつけられたまま。


「お願い、とは。随分可愛らしくなついたな」


 彼が笑いを漏らした気配があった。悔しい、素直にそう思った。


 ――自分は簡単に誰かに従う、懐いてしまう、そんな性格だっただろうか。疑問がよぎる。


「お願いしないと、……聞いて、くれないでしょう?」

「手をほどいてほしいか?」

「それは、お願い、では……ありません」


 苦しくて苦しくて。息が絶え絶えになる。それに気がついているのに、容赦がない。ようやく手を離して、彼はリディアを上に向かせる。跳ね起きようとすると、今度は両手を押さえつけられた。


 彼の体を足で挟み込んで引き込もうとすると、またもや身体を彼自身で抑え込まれる。


「よく跳ねる。だが二度目はないぞ、リディア」


 唇から漏れた声がうなじをかすめる。そして舌先が肌をくすぐった。


「んっ、やだっ」


 彼を押しのけたかっただけ。声は勝手に出た。

 ただ、嫌悪はなかった。

 吐息が肌をくすぐり痺れが身体を走り抜けた感覚が何かは考えたくない。


「今のは拒絶じゃないな。反応がよい」

「ちが――やだ、ほんとうに……」


 本当に違う、なのに強くでられない。自分はいったいどこに行ってしまったのだろう。そういう性格だったのだろうか。


「今はよい声を聞かせた褒美に離してやる」


 手が離れて、ようやく両手を寝台について、リディアは起き上がる。四つ這いのまま荒い息を吐く。


 ――強い。防御は身体が反射的に動いた。自分がそういう訓練をしていたのかわからない、けれど全く敵わなかった。


 振り向くと、満足そうな顔でファズーンは寝台に片膝を立てて腰を掛けて笑っている。


「それで。願いとは何だ」


 聞いてくれるのか? そう言いかけてやめた。押し問答になる、しかも彼の優位になるような話運びになる。


「彼に、もう一度会わせてください」


 言えば、ファズーンの眉があがる。黙り込み、あきらかに不機嫌になった。色違いの瞳が威圧するようにリディアを見据える。深く濃い赤混じりの金髪には、窓からの朝日が差し込み、寝台側の髪は影でよりいっそう濃く見える。


「お前は、俺の妃だ。その意味が理解できていないのか」

「同意したことはありません」

「ならば、教えてやろうか。身体に教え込むこともできるぞ」


 身を乗り出してきて、リディアは逃げそうになる身体を抑え込んだ。下肢が逃げようと寝台の奥にずり下がろうとしていた。それを見せないように、その目をじっと見据えていると、ファズーンはふっと笑った。


「まあいい。お前を慣らすのは時間がかかるとわかっていた。だが、お前はアイツを帰したからいいとしてやる」


(……どうして、私に手を出さないのだろう)


 ずっとそう思ってた。毎夜具合を崩す自分を見ているから、襲ってこない。そう思っていたけれど。夜が明けて痛みが消えてもいまだにそれをしない。


 リディアが好きになるのを待っている? 優しいから? 王様だからそれは違うだろう。何かありそうだ。ここの風習や様々な理由がありそうで、それはとても複雑なのかもしれない。


(聞くと、また面倒なことになる)


 だからやめておく。


「あの人を帰したけれど……もう一度見たら思い出すかも」

「だから何だ? 知らないとお前は言い切った」


 それでも、あの人が忘れられない。彼の表情は暗闇の中でもはっきり見えていた。自分の言葉一つで、感情がにじみ出ていた。


「このままじゃ私はあの人を忘れられない」

「ここに入った者は過去を捨ててくる」


 彼が呆れたように、壁に寄りかかる。


「……私は自分のこともわかりません。自分というものがなければ、何も信用できない」

「俺のことだけみていればいい」


 話が成り立たない。

 確かに後宮には他の男性は入れないというのが常識と聞いていたけれど。それでも、と。こわばった表情で見つめるリディアを見て、フッと彼は口角をあげて笑い、楽し気に雰囲気を緩めた。


「それで。条件はなんだ?」

「え?」

「“お願い”ならばきいてやらない。だがお前は交渉を持ちかけている。なら、その代償はなんだ」

「……どうして」


 お願いとしか言わなかった、交渉のつもりはなかった。ただこれがきっかけになるならば。


「宝石、着物、城、俺の愛、妃がねだるものはいくつでもある。男に会いたい、など正面きっていう妃などいない。忍び会うならばともかく」


 楽し気に笑う、正直すぎる、と。

 そうか、隠れてするものだった。確かに正攻法でいくものじゃなかった。


「お前が提示する条件次第では叶えてやる」

「なら。もし、叶えてくれれば――」

「ならば?」

「あなたのことを……」


 じっと見つめている。琥珀の瞳は獰猛で捉えて離さない、青の瞳は冷淡だ。条件は相手の望むことを提示すること。でも彼は既にリディアが妃になることを望んでいて、それを叶えている。


(でも外堀だけ)


 リディアは彼のことを好きではないし、妃だと認めていない。ずっと反発しつづける。


 だから妃となることを認める、と言えば少しは気を惹くことができるかもしれないけれど。


(……それは絶対に言っちゃダメだ)


「あなたが望んでいることがわからない。だから交渉はできない」

「じゃあ。不成立だな」


 ファズーンが立ち上がる、その裾を掴む。


「だから、あなたのことを、知る努力をしてあげます」

「……なんだそれは」


 ファズーンは軽く鼻で笑う。興がそがれた、という感じだ。ここで話を終わらせられたら困る。


 慌てて立ち上がろうとして、寝具に足を取られて滑ると彼が腰を抱いて支えてくる。


「お前は、天然だな。そんなことで気を惹こうとするとは」


 呆れと虚をつかれたという表情に、顔が赤らんだ。

 でも行かれては困るから、その腕を掴み引き寄せて、顔をのぞき込む。その色違いの瞳に目をあわせると、彼はハッと目を奪われたようにリディアを凝視する。


 じっと見つめてくる瞳は外さない。リディアはそれに言いきかせる。


「そんなことはしてない。だって、私はあなたのことに全く興味がない」

「……なん、だと?」

「でも、あなたは知って欲しいでしょ。それが、あなたの望みだと思う」


 呻いて、彼が視線をずらす。そこに畳みかけようとすると彼はいきなり向き直り強い口調で言い放つ。


「――誰も王である俺をわかることはできない。そして妃のことなど、知らなくてもいい」

「……そう」

「何だ、その顔は」


 これまでの尊大さを捨ててムキになっている顔だ。リディアに分かってもらおうと執着して顔を自分の方にむけようとしている。


「王様って、孤独なんですね、と思っただけです」


 顔をそむけて、彼から腕を離す。「俺のことなどわからない」そういう人ほど、わかって欲しがりだ。俺様で傲岸不遜、そんなのの扱いは慣れている。――と思って、内心首を傾げた。


(……あれ?)


 何か記憶の断片が掠めた気がする。元の自分がわかったような。

 ファズーンは、顔をそむけたままのリディアにわからせようと手を掴んでくる。


「何が言いたい。お前に俺がわかるのか?」

「わかりません。『わからないでいい』というのは、拒絶ですから」

「俺がお前を拒絶しているというのか?」


 語調を強め、問い詰めてくる。眉間にしわが寄り、先ほどから支離滅裂だ。力強く輝く目、ただしそれは駄々っ子のようだ。


「あなたは、私に好きになれ、という。でも好きになるのは興味を持つこと。興味を持つためには、知らないとできない。互いに知ること、それへの一歩を踏み出そうとしただけ」

「……お前は…一体どういう女なんだ」

「もういいです、私のことを知らなくてもいいでしょうし。他のお妃様のところに行ってください」


 彼は黙り、いきなりリディアの顎に手をかける。大きくて熱い手。顎を持ち上げられて、口角があがり顔の表情が楽し気に変わる。


「なんだ、拗ねているのか?」


 優位性をみせながら微笑んできた彼は、このまま口づけをしてきそうな雰囲気だ。けれど顔をそむけたらきっとしてくる。彼のこれまでの言動からわかった。


「……あの人に会わせてください。それができないなら、他のお妃様の所にどうぞ。会わせてくれたら――嫉妬してあげます」


 彼は唖然として吹き出し、それから苦笑した。


「それより、キスぐらいはしてみせろ」


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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