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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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11.屋上


 碧佳宮の中は自由にしていいと言われたので、屋上に出たリディアは風にあたっていた。囲む壁は随分低く、腰ぐらいまでしかないから気をつけないと落ちてしまいそう。


 王城の向こうの図書館都市がオレンジ色の夕日に照らされている。


 やはり目はその中央にそびえたつディアノブルの塔に向かう。すべての思考が奪われる。


 遠目でみただけだが、図書館都市は水路の街のようだ。並ぶ建物の多くは左右の円柱に瓦屋根の玄関と屋敷、たいていが同じ様式だ。

 でもところどころ半円を逆さにした玉ねぎのようなドーム様の建物が見え、それらはきらびやかに金に光り合間には白い天幕もある。だが、中心のディアノブルの塔に近づくにつれて、石壁づくりの飾り気のない高い建物が合間にまるで隙間を縫うように固めている。


「落ちるなよ」


 そして、背後から声をかけてきたファズーンがリディアの肩に彼自身のガウンを羽織らせる。


 今日は夜のように軽装ではない、長袖の麻と紗の二重の生地を前で合わせ、白くゆったりとしたパンツを腰帯で結んでいる。


 背後に膝をつくジャイフは顔も身体も重ねた布で覆い、微かに銀髪が見えるのみ。


 妃嬪達はリディアのように胸元が広くあいた衣装に腰ひもを緩く結んだ者、首筋まで隠した筒状の衣装を着た者など装束が異なっている。


 ここは、二つの様式が混在している。建物も、衣装も。


「図書館都市の様式が様々なのはなぜ?」


 いつもは砂ぼこりでけぶっているが、今日は風が収まり比較的遠くまで見渡せる。視力は悪くないほうだと思う。


 問えば、ファズーンが驚いた気配がした。よくわかったな、と。


「……ハラール国様式だな」

「ハラール国?」


 ヴァルハラのものではないのかとよくわからなくて問えば、図書館都市を丸く囲んでいるという。だとすれば、図書館都市はハラールの領土かと聞けば、それも違うと言われる。


 最初のファズーンの説明と微妙に異なる。けれど彼はそこまで話す気はないらしい。


「晩になると冷え込む。部屋に戻るがいい」


 この人は時々優しい声をかけてくる。両肩に飴色の焼けた肌の手が置かれる。リディアのずれたガウンをかけ直すと、手の熱さに驚く。


 まるで愛撫するかのように首筋を覆う手は、昨晩握ってくれたのと同じだ。リディアは邪険に振り払うこともできず、さり気なく肩をずらすと苦笑が上から降ってきた。


 見抜かれて笑われている。


 でも嫌みではない。剛毅さが混じりおかしいと思っているようで、それもまた気まずい。それを誤魔化すようにリディアは尋ねる。


「私は、どうして碧妃にされたの?」


 彼が意味をつかみかねる、という気配を醸す。それは予言だと何度もいわれていたから。


「たくさんいる妃嬪の中で、どの地位でもよかったでしょう」


 しばらく黙り、夕日が沈み周りがブルーとグレーの中間色に包まれたころ、彼は背後から口を開く。頭上から降ってくる声は、低くリディアの上に響く。


「お前は奇跡的に崩れた神殿の瓦礫の間に挟まっていた。だが助け出すときに、下男が五人死んだ」


 死者が出た、その内容に動揺した自分の両肩を、彼は気がついたように力を込めて抑え込む。脅すのに効果的だと彼は知っている。


「その犠牲が必要でしたか?」


 口調がきつくなり、彼を半身振り返り睨みあげる。自分を助けてくれてありがとう、そう言えない。

 むしろ、ありがたがれ、それを言われて腹が立った。


「民は大事だ。だがお前を助けて、その犠牲さえも惜しくないと思った。真白の肌、美しい翠の瞳、ブロンドの髪に魅了された。今はその深い瞳の中に見え隠れする感情、強気を装うもろさ、妃達の中にはない強さ、まっすぐで美しい性根を愛している」


 それに、と彼は笑った。


「怒気を宿した時のお前の瞳は、燦燦と輝く。その美しさを自覚してないのか?」

「自分の顔なんて、四六時中見てないもの。それに記憶がないのだから」


 褒められても腹が立つだけ、嫌みを言えば宥めるようでいながら傲慢な口調だ。


「お前は、自分が誰だかわからない。だが私はわかっている。お前は私の妃だ。お前の居場所はここだ、リディア。お前は私に愛されここで生きていく。不安も不自由もなく過ごすことができる」

「……」

「俺を怖がらなくていい。俺が全てを与えてやる」


 その声に、目を閉じる。そして思い出す。

 最初の一週間はすべてがわからず、混乱してパニックになっていた。全ての人間を遠ざけようとしても、それもできず、強い言葉で言い返したり、疲れて涙声で眠ってしまうこともあった。鏡を見ても、やっぱりわからない。


 その次の週も、そうだった。そのたびに彼に宥められ、手を握られ、大丈夫だと目をのぞき込まれ囁かれた。こっそりと宮殿の外に出て、森の前や遠くに見える砂漠の前で立ち尽くしているとファズーンが迎えに来て、怒らずに馬に載せて連れ帰ってくれた。


 以前は侍女を殺すと脅されたけれど、シーリに聞けばそのようなことはないと聞かされた。「陛下はお優しい方ですよ」と。


 リディアが一人でいると、かならず来てくれる。それに嫌悪は抱かなくなっていた。彼は幻想を見ているのでは、と思っていたけれど、現実主義だ。女を見る目は肥えているはずなのに、なぜかリディアに固執する。


「――本格的に冷えてきた、戻るぞ」


 彼が抱き上げようとすることに変わらず抗うのが日々の日課だ。

 毎回手を拘束されて敵わないけれど、彼はそれも面白がっている。ならばと素直に力を抜けば当然抱き上げられる。


 と、突然体の感覚に痛みが走る。


 ――始まった、と同時に雷に貫かれたような激痛が走る。


「あ、あああっ」


 叫び、腰をかがめて両手で身体を抱く。立っていることはできなかった。荒い息をもらして、倒れこもうとするとすでに彼の腕の中だった。


 彼はリディアを一息に持ち上げると、即座に階段へ向う。


 いつもならばこれを迎える時は夜なのに、今日は早い。始まった激痛に叫べば、ファズーンが強く抱きしめてくる。


「……リディア、始まったのか」


 まるで全身が心臓になったかのような拍動と共に強い痛みが駆け抜ける。ファズーンが部屋へと駆け戻る。


 石階段が視界の隅で流れていくほど早い、転ばないかと心配になるほどなのに、彼はリディアを揺らさず下りている。


「ジャイフを呼べ! リディア、俺がいる」


 耳元に囁く声は優しい、嫌がっていたのに彼の腕を掴めば逞しくて、爪を立ててもそれを許してくれている。この人はいつもそうだ。


「う……あっ」


 いたい、いたい、いたい。

 痛みは駆け抜け、時に大きくなり、また小さな波が来て、また大きな波が来る。身体の中を火掻き棒で搔きまわされているかのような痛み。身体がエビぞりに跳ね、抱きしめるファズーンを振り払うことはできなかった。


 日を追うごとに強くなり、ファズーンにつかまり耐えることがあたりまえになってきた。


 ――痛みは、自分で耐えるしかない。誰が隣にいようと、恐怖も痛みも消えない。


 毎夜訪れる痛みに耐えることに怯える。でも、誰もいないよりはいい。彼がいなければ、不安だっただろう。


 それにファズーンが命じなければ、ジャイフは薬を出さない。


 彼が調合する薬をファズーンが匙に載せて、わずかにあいた口の隙間から入れてようとする、それを押しのけようとすると手を掴まれて、強く口に匙をねじ込まれる。


 苦さが残る。強引だけど、ひどい扱いじゃない。反射的に拒否してしまうだけだ。


 だが彼は顎を開かせ飲んだのを確認してからじゃないと、抑えつけていた手ははずさない。

 その後は、彼の大きな手が髪を撫で、よくやったと褒めるような仕草が毎回ある。


 痛みが終わるまではファズーンが乗りかかるようにリディアを腕の中に抱え、手と腕をさすり、おでこを時折かき上げ「大丈夫だ」と囁く。頷くようにして目をとじれば、少しずつ痛みが消えて、それが終わるのは明け方近くになっている。


 ――喜びは慣れる。けれど痛みは慣れることはなく、むしろ重ねるごとに鋭敏になっていくもの。


 毎夜の痛みは身体を刺し貫き、慣れることはない。それでも、ファズーンの存在を頼りにしていることに、リディアは気がついていた。

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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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