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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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107.アレスティアの世界

 その話の合間にディックが後ろに下がり、俯瞰するように羊皮紙の陣を見つめている。眉を寄せ、腕を組み何かを考えている。


 教授が最初の頁に戻した時、ディックはすべりこませるように鋭く尋ねた。

 

「これ、アレスティアの世界か?」


 魔法陣の書だが、最初だけイラストのように絵が描かれている。けれど、まるで昔の人間が想像したような世界観だ。


 その世界はまず平面的だということ。描かれているのは、シャボン玉のような透明な円に囲まれていて天上には大樹がある。その枝は傘のように張り巡らせられ半円を描き、中央の分断線から下は地面なのか根のようなものが張り巡らせられて、繋がりそれで円を成している。


「可能性がある」


 教授は、そのページの端、絵の下を示す。白い手袋の指先は紙にふれない程度で空中に置かれている。サインには見えない、丁寧でまっすぐな文字、自身の名だという自己主張はない。


「ここ[ℓєsth ψα] [є piяє]とある。いくつか文字が抜けているが、αℓєєsthεψα(アレスティア)єєmpiяє(帝国)と書かれているようだ」


「……これはアレスティア語? いやリュミナス古語に似ていますが?」


 少々違うがリュミナス古語と同派だろう。自分達の公用語は、共通語、というもの。リュミナス古語は、魔法を放つ際に属性に捧げる請願詞の言語。

 自分達は息を吸うように簡単に使いこなしているが、アレスティア時代にも使われていたとは知らなかった。

 魔法が確立された百年前ごろにはあったと言われていたが、更に歴史をさかのぼるのか。それともこれが、方言的な亜流言語だったのかわからない。


 しかしと首を振る。レイリーはおそらく首都の高貴な血筋。書き記したならば、正式な公用語を使うはず。上等な羊皮紙、誰かへ捧げた魔法陣集、ならば相手に分かるようにするはずだ。


「そう。ただ、私的なものとも思える。他にアレスティア時代の書がないから公用語と断定はできない」

「……また、世紀の大発見ですね」

「この古文書がアレスティアのものと証明でき、最低いくつか他の文書も見つかればね」


 教授が笑う。それを学会発表する気はないらしい。


「けど。こんな世界だったのかよ。まったくのファンタジーだな」

 

 シリルの声を横に、ディアンも見つめる。大樹の枝には豊かな葉が生い茂り、その真下に浮上している城があった。


「これが伝説の空飛ぶ城、アレスティアか」

「さらにこれが、ディアノブルの塔てか」


 描かれた天空城は全体では直径十センチほど。

 シリルが細長く飛び出た、そびえたつ六角錐のオベリスク状のものを指す。


「この形状のもの、これがアレスティアにあるのならばディアノブルの塔だろう」


 その横にオマケのように小さいティーカップの花状のものは城だろうか。塔の方が威力があり大きく描かれている、ディアノブルの持つ権力を見せられているようだ。


 だがオーディンを示すものはない、もちろんヴァルハラ宮も。この時代には両者がなかったということか。


 でもこの絵が本当のアレスティアの模写とは限らない。想像物の可能性もある。


「私もこの絵は気になってね。特にこの葉を見て、気づくことは?」 

「――リディアが持ってきた、地下世界の木の葉、でしょうか」


 廃宮の地下から持ってきたあれは、小さな一葉でこれと詳しく比べることができない。だが葉が丸く先端が尖り、根元と葉先が同形だ、さらに葉脈の主脈は一本あるが、側脈は網状で複雑。


 ここに描かれている絵は丁寧で緻密。地下の葉とありようが似ている。


「地下の木は、ローゼが“|ラキュスフェリシタティ《祝福の湖》”と呼んでいたな」


 その名は、月のいくつかある高台と同じ名。まさか、月とあの木が関連しているわけじゃないだろうが。


「まさか、アレスティアが落ちてきた時、絵の木も地上、いや地下にかもしんねーけーど……とにかく、落ちた」


 ディアンは一瞬眉を引きつらせた。その可能性を捨てきれないことに気づく。植物というのは恐るべき繁殖率、生命力を持つ。国が滅びても、種だけが落ちてきた可能性はある。

 ここに運ばれそのままの形で何千年も眠り、環境が整いまた発芽した。その可能性はどのくらいだ。あの地下の植物、環境が調べられれば手掛かりになっただろう。


「いいや、この絵をどこまで確かなものとするか。信憑性がない。概念図かもしれない」

「……この絵だと、まるで世界を覆っているかの様ですね」


 世界を守る揺籃(ゆりかご)、そんな言葉を思い浮かべる。だとしたら、落ちてきたのではなく、種を残したのかもしれない。


「月も関係があったら? たしか、月の君は欠片だっただろ」


 ディアンは更に嫌な符号である”月”に顔をしかめる。


 グレイスランドの創世記では”月の君”を”光の主”が求めたとある。 


 これらの経典はグレスランド国教信者でなければ、神が世界を作ったのだの、戦争をしただのは信じていない。


 だが、ある程度の魔法師になると、強大な神に近しい存在と契約し力を借りる。

 それは、特級魔法師(グランマスター)と呼ばれる存在。彼らは、自分達と契約を結ぶ上位存在、つまり神がいることを知っている。

 

 ――半年前、グレイスランドは大きな危機に陥った。


 己の国の”光りの主”、シルビスでは”太陽の主”と呼ばれる存在は、常に”月の君”を求めている、だがその二神が一つになると世界が滅びる。


 そのため、二神は分かれているし、”月の君”は欠片でいたのだが、”太陽の主”が”月の君”を求め世界が滅びそうになったのだ。それを自分たちは防いだ。


「落ちてきたのは月の欠片か何かじゃないだろうな」


 確かに欠片というからには、他にもあるはず。その欠片(ピース)がグレイスランドだけではなく、”ここ”にもあるということをほのめかされて――ディアンは、大きくため息をつく。


 リディアは、月の君の蘇りにされそうになった。そのせいで彼女を失いかけた。

 もう、”月”という名称は聞きたくない、ご免だ。


「穿ち過ぎだ」

「地下に入れたら調査できるけどな……」


 鼻を鳴らすシリルは、「言っても仕方ねーだろ」とディックに呟いている。

 ディアン達もトライしたがまたもや無理だった。ファズーンの調査隊も一度だけ。ローゼとリディアが最後で、またも拒絶されている意思を感じた。


 特別な地は、その時だけ、その者しか入れないという条件を持つときがある。それを解き明かすのは、相当な時間がかかる。

 場合によっては、無理にこじ開けようとすると、それ自体が自身を壊してしまう時もある。


「リディアとローゼを入れるため、だったんだろうな」


 自分達が気づいていない何かがある。だが今回は大樹がローゼとリディアを求めたのかもしれない。


「塔はリディアを。木はローゼを。……どちらも助けを求めるため、か」


 シリルの呟きにディアンが目を向けると何だよ、と首を傾げられる。


「どう考えたって木にしろ塔にしろ、私達に助けを求めてねーだろ。頼むならリディだし、ローゼだって別に意地悪じゃない、むしろ面倒見はいい。何かの縁があるんだろ、絆のようなもの。それに気づかないから私らは足止めを食らってる」


 ヒントはあちこちにあるはず。ローゼはそれを知り、ここを去った。彼女が何をしにどこに行ったのかは知らない。


 ディアンができると信じていることは任せるし、彼女は自分にできることしかしない。


「とはいえ、神殿も締め出されたがな。なんであちこち、調査ができないんだよ」


 意図的だと感じざるを得ない。それも人外の力だ。それがこの地の民がいう魔神の力なのか。


「なあ」


 絵を凝視していたディックがそこを指す。


「――確か。オーディン神の属する世界には“生命の木”があったよな」


*蛇足ですが、グレイスランドは「共通語」が公用語(英語をモデル)

 シルビスは「シルビス語」(モデルはラテン語を元とするなんちゃってフランス語・造語あり。ラテン語は正しい読み方は現代は不明なため自己流)


 「リディアの魔法学講座」では説明していませんが、ちょろちょろその単語がでてきています(さすがに英語や仏語とはかけず)


 シルビスのメルクルディ(水曜日)はフランスでは実際に水曜日です。(なぜかは不明・物語上の自己解釈)。オーディンの別名から取られたのは本当です。間違えていたらすみません~。

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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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