剣戟
眼前には遥かなる草原が広がっている。
高みを目指したものにのみ感じることができる冷ややかな清風。背後には断崖絶壁が待ち構えている。
猛獣のような、それでいて洗練された一振りの刀のような、美しく、そして静かに猛る漢の存在をひしひしと肌で感じることの幸運に体が震える。
そしてソレと同じ境地にたどり着いた己を褒め称えたくなる衝動も湧き上がる。
「あなたに憧れていた」
「そうか」
一言が足元を崩すこの場において、それでも言わねばならなかった。ピンと張り詰めた糸を切らぬように放つ言葉に、何の感情もなく応える。そんなモノに興味は無いと言わんばかりに。
二言目を発してはいけない。それは獣の退屈を破裂させる。
ジリと足を動かす。
獣は今か今かと待っている。獲物が牙を剥く瞬間を。ソレをねじ伏せ喰らい返す瞬間を。
額に珠粒が湧き出す。拭うことはできない。
沈黙を破る砂利の音が、夜の境内に響き渡る。
獣の歓喜を無視して腰に差した刀を引き抜く。
刃が光を跳ね返す間も与えず振り抜く。
わずか二秒足らずで初撃は終わる。そして0.1秒で二撃が、獣の反撃が始まることが分かる。
初撃を防いだものは恐らく籠手である。鉄製のソレは如何に刀であろうと斬ることはできない。
まだ刀を抜かせていないことが、彼と私の距離の広がりを思わせた。
重たい塊が飛んでくる。的確に鳩尾を狙い、抉ろうとする。
体を捻り決死の覚悟で回避する。
口から自然と漏れ出る空気が、白くなって消えていく。
生じた二メートルほどの距離は、あって無いようなモノだ。体制を立て直す時間すら与えられない。
唐突に顎を撃ち抜かれる。
足を上げているのが視界の端に映り、ようやく何を受けたのか合点がいった。
「遠い………」
そう漏らすか否やの瞬で、獣は一度だけ刀を抜く。




