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死神の制裁

「うわっ!」

 まるで横の路地から誰かが足を引っかけたように、男が無様にひっくり返る。

 すぐに追いついた苫がその腕を掴んだ。

 汐が立ち止まって息を整えていると、かさかさと音が聞こえる。

 そちらを見ると、蠍がもそもそと鞄をよじ登っていた。

「蠍さん、どこ行ってたの?」

『ちょっとな』

 というか、どうやって走っている汐たちに追い付いてきたんだろう。

 聞きたいが、今は他にすることがある。

「なんのつもりだ!!」

「いきなり逃げるからでしょう」

 言い争う苫と男に、汐とラウも恐る恐る近づく。ちなみに、雨は疲れたのか、地面に降りてぜぇぜぇどこから出ているかわからない息をしている。

 遠くからだと見えなかったが、男は卵みたいな白い球体を手に持っている。汐は球体をまじまじと観察する。これが星道具で間違いない。

 男は苫に抵抗しながらもちらちらと球体の損傷を気にしているようだが、星道具はぶつけたくらいじゃ壊れない。

 この星道具、近くで見ると色は白一色だが、表面に精巧な細工がされていて、なかなか美しい。この芸術的な見た目からして、祖父の作品でないのは明らかだった。

 一応ラウに確認する。

「ラウさん、あの道具を見たことは?」

 ラウはしげしげと『卵(仮)』を見て、

「知らない。見覚え、ない」

 星道具は、目の前にいる相手にしか能力がかからない、ということはない。

 汐も以前幻覚を見せられたことがあるが、そのときも、犯人が明らかになるまで、原因になった星道具に接触したことはなかった。

 多分これも遠隔で人の記憶や思考を操れるのだろう。

 特定の交番しかパニックにならなかったところを見ると、おそらく効果は一定範囲。

 しかし、それだとその地域にいる全員にかかってしまう。当然汐たちにも。

 そこで、かかる人間とかかからない人間を分けるのは、おそらく『動揺』。

 ラウのように、鍋を落としそうになった、という軽い動揺でも、その動揺を媒介として罪悪感に侵食される。

 そして、その能力は、能力がかかった人間のそばにいる人間にも次第に影響を及ぼしていく。ラウと一緒にいるうちに、汐が彼女の主張に引きずられていったのもそれが原因だと思われる。

 よく考えてみれば、恐ろしい能力だ。

 しかし、蠍や苫には効果はなかった。理由は一つ。『動揺』を媒介にするこの能力は、冷静な相手には効かないのだ。

 だからこちらは冷静に、全ては星道具のせいだとわかっていれば怖くない。

「それ、見せてくれないか?」

 苫が星道具を指して言うと、

「お前に何の権利がある!?」

 確かに、苫はまだ学生だ。正式なスターゲイザーであれば強権を行使出来るのだが。

 そのとき、

「ぎぃや!」

 男の手から鞄と星道具が落ちる。

 蠍が男の手を、尻尾の針で一撃したのだ。蠍の針には普通のサソリと違って毒はないが、痛いものは痛い。

 その拍子に鞄が開き、中からは溢れんばかりの宝石と、プロレスラーがつけるようなマスク、おまけにナイフやモデルガンが入っているのが見えた。星道具の方はどさくさに紛れて汐が拾い上げる。

「宝石強盗か?」

「違う!!俺は宝石商なんだ!」

「嘘つくな」

 男の苦しい言い訳を苫は一蹴する。

 宝石商が、こんなケースにも入っていない大量の宝石を乱暴に持ち歩くわけがない。

「証拠が溢れている以上言い逃れは出来ないな」

 冷徹に聞こえる声で、苫が言う。

「えっーと、つまりどういうことかな?」

「つまり、こいつはこの辺りの警察を混乱させたかったんだよ

 宝石強盗のためにな」

「ほうせき、ごうとう」

 凶悪犯罪である強盗は、警察も必死になって捜査に当たる。そのため、検挙率はかなり高い。

 しかし、同時に他の事件が起きていたらどうか。例えば、更に凶悪である殺人事件が。

 たとえ嘘だとしても、殺人事件である以上事実確認のために警察は動かなければならなくなる。

 だから男は星道具を使い、近くにいる人たちが警察に殺到させるように謀った。

 そうやって警察の動きを今日だけでも止めておきたかったわけだ。自分に捜査の手が伸びることがないように。

 理解した瞬間、汐の顔から表情が消える。

 それが理由か。

 それが理由なのか。

 汐は男の前に立ち、

「冤罪でも、もしお父さんが捕まったら、家族は悲しみます

 もしお医者さんが捕まったら、患者さんたちは困ります

 もし警察が足止めされてるうちに、ものすごく凶悪な犯罪が起きてたらどうするの」

 それに、

「ラウさんがいなくなったら、誰があのおいしい料理を作るのさ!」

 怒る理由はいくらでもある。

 思い込まされた方だって、その間、どれだけ自分自身を蔑まなければならなかったことか。

 お前はダメなやつなんだ。悪いやつなんだと、他人から言われるのも辛いのに。

 自分自身に罪があると思うのは、それよりもずっと心を切り刻む。

 そんなことを、そんな軽い気持ちでやったのか。

 そして何よりも、

「星屑を悪用するのは許すまじ」

 それだけは、絶対に許せなかった。

 腕におぼえのある人なら鉄拳を見舞ってやるのだろうが、汐には無理。

 だから、こうする。

「おいで、『リーパー』」

 汐はまた星道具を呼び寄せる。

 死神を意味する名前がついてはいるが、見かけはハンマーと、五寸釘。

 汐は五寸釘をしっかり握り、ハンマーを思いっきり振り上げると、釘を男の頭に向かって突き刺した。

 絵的には完全に犯罪である。

 しかし、男の頭に穴は開かない。血も出ない。

 なぜならこれは汐の祖父が作った星道具。人を傷つけるものではない。

 但し、

「貴方には、毎日、ランダムで嫌なことが起こります

 使うタオルが湿っています

 トイレが混んでます

 バナナの皮で滑って転びます

 タンスの角に足をぶつけます

 上から物が降ってきます」

『地味に嫌だな』

 蠍が言う。

 体は傷つかないかも知れないが、心にちくちくとダメージを受ける攻撃である。どんなに小さなことであれ、「絶対に今日は不運なことが起きる」というのは精神的には結構きつい。

「それが、反省するまで、一生続きます」

 地獄だな、と蠍が呟く。

「じわじわと、後悔してください」

 汐がずいっと近づくと、そのじとっとした迫力に圧されたのか、男が後退りする。

 勿論、これだけで逃がすわけもない。

「苫さん、この人、捕まえてください!」

「了解!」

 苫が男を組み伏せる。

 この後警察は、事態の収拾のため、忙しくなってまうだろう。

 けれど、この事件で、殺された人はいなかった。それだけは、救いかもしれない。

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