謎の事件
「それって、相手が知らない人だったっていう」
「わけじゃない」
汐の追加質問を、ラウはばっさり切り捨てる。
「でも···わたしは確かに····あれ?」
ラウは頭を抱え出した。かなり混乱している。
それに冷静になって、よくよく考えてみれば、
「美味しいご飯を作れるラウさんが殺人犯とは思えないのですが」
『判断基準おかしいだろ』
「今、汐ちゃんの鞄から声しなかったか?」
「してないです」
思えば、最初からおかしかった。
ラウが証拠も死体もなく自分を殺人犯だと言っていることも、汐が詳しい事情を全く聞かずにそれを受け入れたことも。
でも、ラウが嘘や悪ふざけで言っているとは思えない。美味しいご飯を作れる、それだけで汐の中では信頼に値する。
ならば、彼女を信じよう。と、汐は決めた。
この訳のわからない状況にも何か、本人にもわからない理由があるはずだ。
わからないときは、とにかくよく見ること。そして、感じること。
亡き祖父はそう言っていた。
そう思い、ラウを改めて観察すると、
「あれ?」
微かではあるが、汐には馴染みのあるこの気配。
汐は更にラウをじーっと見つめる。
そして、出た結論は、
「···ラウさんは、なにか、星屑の影響を受けてる···と思います」
曖昧にしか言えないのは、説明出来ない感覚だからだ。
音でもなく、匂いでもなく、かと言って何かが見えるわけでもない。
ただそこに、星屑の気配がある。としか言えない。
「本当かい?」
やや疑うように苫が尋ねてくる。
そう言われると、自信がなくなる。今回は汐も完全に正気とは言い難いから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
そのとき、腕がちくっと痛んだ。
見ると、蠍が汐の腕をハサミで突っついている。
『弱気になんな。このまま押しきってさっさと苫の協力取り付けろ。使えるもんは犬でも頼れ』
口は悪いが、蠍には迷いがない。
星屑の気配は汐の直感であって、本当は違うかもしれないのに。
という汐の思いが通じたのだろう。蠍は呆れたように、
『お前が星屑だって言うなら、そうなんだろ。星屑に関しちゃ、お前は信用出来るからな』
汐は目をぱちくりさせる。
びっくりした。
嬉しかった。
そんな風に認めてもらっているのが。
そう思ったら、突然気力が満ち溢れてきた。
「絶対、です」
自信満々の汐の瞳に、苫も少し信じる気になったようだ。その横でラウは未だ混乱しているが。
「なら、そうだな。君の持ってる星道具で、その星屑を見つけられたりはしないか?」
苫に聞かれて汐は考える。
真っ先に思い付くのは、汐がいつも髪紐として身につけている『赤い糸』。
しかし、赤い糸は『汐の所有している星道具』を呼び寄せるもの。汐が存在すら知らない星屑を引き寄せることは出来ない。
無理、と言いかけて、汐は思いつく。
髪を束ねていた赤い糸をほどくと、別の星道具を呼び出す。
「おいで。『コンパクト』」
糸を引っ張ると、その先についてきたのは、名前の通り白い手のひらサイズのコンパクトケースだった。ファンデーションは入っていない。
汐の祖父は基本名前というものに頓着しなかった。汐や祖母を呼ぶときですら、大抵「おい」だったし。
「それは何に使うんだ?」
見た目が普通すぎてなんだかわからなかったのだろう。苫の質問に汐はコンパクトを開くと、
「持ってる人が、探し物がある方を向くと、中の鏡部分が光るんです」
「なるほど。ダウジングみたいなものか」
「そう···なのかな?」
汐は首を傾げながら曖昧に応える。
星屑の能力は機械や薬ではないので、原理はよくわからない。なんかこう、不思議な力でそうなるのだ。
とりあえず何もしないよりはましだろう。ということで、早速試してみる。
「えーっと、ラウさんに能力を使ってる星屑か星道具を探して」
コンパクトに命令すると、汐はその場に立ち上がって方位磁石の針のようにぐるぐると回る。
すると、北西を向いた途端鏡が光った。
「こっちみたい!」
それに、コンパクトが反応したということは、問題の星屑は確かに存在するのだ。
汐が言って苫の部屋を出ようとすると、不意に苫のスマホが鳴った。
「ちょっとごめん」
苫はしばらく誰かと話していたが、急に驚愕の表情になり、電話を切る。
「何かあったんですか?」
汐が聞くと、苫は困惑したように、
「クラスメイトから。この辺りの交番がパニックになってるって
『自分は殺人犯だ』って言う人が大勢押し掛けてきてるそうだ」
汐とラウは顔を見合わせた。