突然の告白
「ん」
汐は、背後に気配を感じる。早朝だから油断していたが、公園だから当然他の人も来る。
仕方ない。砂場はちみっこたちに譲ろう。
と思い、汐は蠍と雨を抱えて横移動する。
しかし、ちみっこはなかなか砂場に入ってこない。
実は気のせいで、本当は誰もいないのかと振り返る。
そこにはちみっこではなく、女の人が立っていた。
綺麗、というより可愛らしい人だ。年齢は二十代くらいか。小柄で、平均よりも背が低い汐より更に目線が低い位置にある。オレンジ色に近い茶髪が彼女の印象をさらに明るいものにしていた。
と思っていたら、その女性がいきなり砂場に突っ伏した。ばふんっと、砂が辺りに飛び散る。
「なに!?なん!?」
『落ち着け』
蠍にぽんぽんと、もとい、ちくちくとハサミで腕をつつかれて、我に返る。
とりあえず、女性をほっとくと砂で窒息してしまいそうなので、助け起こした。
顔や服についた砂をぱんぱんと払い落としてやる。砂の下から現れた彼女は、汐がやばいと思うくらい、顔色が悪い。
「あの、大丈夫ですか?」
病気なのだろうか。病院に連れていくにもここからでは少し遠い。救急車を呼ぶべきか。
すると、女性はぶるぶる震えながら、いきなりかばっと汐の両肩を掴んだ。
「うわっ」
「わたし、人を殺してしまった」
「········へ?」
とりあえず、いつちみっこが来るかわからない砂場でするには物騒すぎる話なので、公園のすぐそばにあるという彼女の家まで移動してきた。
のだが、
「おねーさんのおうちって、お店なんですねー」
『蟹飯店』の看板を掲げたその店は、小さくて古いけれど、リノベーション済みなのか、中はきれいだった。
店全体の基調となっているカラーは白と青。なんとなく海を彷彿させる。
ただ、改装中なのか、厨房などは整えられているものの、客席にメニューは見当たらず、椅子がない席がある。
「まだ、開店前で水しかない」
と言いながら、女性はテーブルについた汐の前にコップに入った水を置いた。水道水ではなく、美味しいと評判の水瓶の国産ミネラルウォーターを出してくれる辺り、彼女の気遣いが感じられる。
女性は自分もコップの水をあおり、それで少し気分が落ち着いたのか、
「わたし、ラウ=ユウ。蟹の国から来た。料理店、やりたくて」
牡牛の国と蟹の国に言語の違いはない。なのにこの人の言葉がなまって聞こえるのは、単にそういう口調なんだろうか。
「ウ···私は、汐=C=ロンバードです
で、こっちが、蠍さんと雨ちゃん」
「きゅー(よろしく)」
ぴょこっと鞄から顔を出す二匹(?)。蠍は基本汐以外には喋らないサソリで通っているので、無言でハサミを軽く振る。
ラウは、蠍と雨に対して突っ込む気力もないのか、「可愛いロボットと美味しそうなサソリだね」と微妙に恐ろしいことを言ったきり黙ってしまった。
しばらく、沈黙が続く。
ギュルグルグルグルゥ~っと、汐の腹の音がが店中に響き渡った。
沈黙が続く。
『いや、何もなかったフリして続けんのかよ』
我慢できなかったようで、蠍が突っ込んだ。ラウには聴こえないように小声でだが。
「そこは無視するのがマナーだから」
『自分で言うか』
そしてまた腹が鳴る。
ラウは汐を見て、
「お腹、空いてる?」
「すこし」
嘘つけ、と鞄からツッコミが聴こえてくる。
すると、ラウが立ち上がり、厨房に向かった。その目はキラキラして、足取りも軽い。
「何か作る」
調理器具を握った彼女は、惚れ惚れするような手付きで料理を作り出した。汐は思わず立ち上がって見学しに行く。
そして、鑑賞することしばし―。
「どうぞー」
めちゃくちゃ豪華な料理がテーブル一杯に並らべられた。
汐たちは、おおーとかきゅーとか叫んでから、
「お、お金は?ウ、私、あんまり持ってなくて」
「いらない。おごり。遠慮なく、食べて」
「あ、ありがとうございます」
汐は安心して匙をとった。
一口目を、はむり。
あやうく、目と口から発光するところだった。
美味しい。それはもう、文句なしに。
汐は夢中で食べた。
肉料理も美味いが、魚料理はさらに絶品だった。生臭さもなく、口の中でほろほろ溶けて、濃厚な味が広がっていく。かといって、それがくどくもなく、どんどん食べられる。
鞄の中の蠍と雨にもちゃんと分ける。二人とも一心不乱に食べているようだ。雨に至っては本当に目から光線を発射して鞄に穴を開けている。あとで怒ろう。
「おいしそうに食べてくれて、嬉しい
外の国に、蟹の国の料理を広めるの、夢だった」
ラウはそう言いながら、瞳に涙を浮かべる。握りしめた拳はぷるぷると震えていた。
「なのに、こんなことになってしまって···」
そんな彼女を見つめ続けて、汐はふと気がつく。
ラウが刑務所に入ったら、店は開けない。
せっかく、せっかく、こんなに美味しい料理に巡り会えたのに。このご飯が食べられなくなるなんて。
汐の目から涙がぼろぼろ溢れる。でも料理を食べる口と手は止めない。
「優しいね。一緒に泣いてくれるの」
その解釈は微妙に間違っているが、ラウはぐすぐすと鼻を鳴らす汐を抱き締める。
そのまま二人で抱き合って泣いた。
「きゅ~(ごはん~)」
雨ももらい泣き(?)していた。
『········』
蠍は無表情なので何を考えているかわからなかった。
その後、汐がテーブルの上の料理を食べ終わった頃、ラウは自首することを決めた。
一生逃げ隠れして作る料理は美味しくなくなる。きっと。
そう言ったラウは、笑ってるけど、今にもまた泣き出しそうな表情で。
せっかく手に入れた店を置いていかなければならないのは、どんなに辛いか。
汐は立ち上がると、
「一緒に行きます」
「······ありがとう」
ラウはそう言って、汐の手をとった。
なんだか良い話みたいになっているが、この時点で何かがおかしいことに、汐たちは気づいていなかった。
唯一蠍を除いては。