星を見つめる少年
とある休日の朝早く。
蠍は汐に雨と共にトートバッグに詰め込まれて外に出る。
どこに行くのか汐に聞いても、「良いところ」としか言わない。
汐が家を出ると、横から声がかけられた。
「汐ちゃん。おはよう」
そこにいたのは、芸能人かと思うほど整った顔立ちをした、十七歳の栗色の髪の少年。
「·······おはよーございまーす」
汐はかなり間を置いて返答した。
美少年に見とれていた、という可愛い理由ではない。かといって相手を嫌っているわけでもない。咄嗟に誰だか思い出せなかったのだ。
汐は何故かイケメンであるほど顔が覚えられない。こんな整いすぎた美形、記憶の片隅ぐらいにしか残っていないだろう。
その反応に、少年は苦笑いしながら、
「えーっと、隣のアパートの、一苫です。覚えてるかな?」
「········はい!」
嘘つけ。蠍は鞄の中から突っ込んだ。声には出さなかったが。
この少年―苫は、蠍が汐の家に来る少し前に隣に引っ越してきた、らしい。
射手の国生まれの蠍の国育ち。ちなみに汐は一が名前で苫が名字だと思っているが、逆である。わざわざ教えてやったりはしないが。
「苫さんは、今日も学校、ですか?」
汐が苫に聞く。
今日は一般的には学校は休みだ。
しかし、苫が通っているのは警察学校。その中でもかなり特殊な―。
「『スターゲイザー』になるって、大変ですね」
汐はわかったように言う。
相手の顔も思い出せないくせに、そういうことは覚えてるんだな。蠍は妙に感心した。
スターゲイザーというのは、警察に属しながらも、地域どころか国にも捕らわれない権限を持った特殊捜査官である。仰々しくも聞こえるが、別に秘密組織とかではなく、れっきとした公務員だ。
警察学校の生徒は普通は寮生活だが、スターゲイザー候補生のみ、外での生活が必須になっている。
ちなみに『スターゲイザー』という名前は、『星』と『犯人』をかけている、かどうかは定かではない。
「まぁ、大変だけど、自分で決めたことだから」
苫は汐ににこっと微笑むと、
「お祖父さんの遺産をちゃんと管理してる汐ちゃんの方がすごいと思うよ」
遺産、というのは、汐の祖父が遺した星道具のことだ。祖父からの遺言で、彼の所有していた星道具は、全て汐が管理することになっている。幸い汐の祖父は親族が少ないため、特に揉めることはなかった。
ちなみに苫は汐が星職人の孫だと知っている。存命だった頃の汐の祖父が話したらしい。汐の祖父も自分の亡き後、汐を見守ってくれる存在が欲しかったのだろう。学生とはいえ、警察関係者である苫はそれに相応しいと言える。
肝心の汐は苫の顔すらちゃんと覚えていないが。
「君はどこへ行くの?」
「ちょっとそこまで」
「そうか。気を付けてな
君って、なんだかトラブルに巻き込まれそうだから」
さすが警官志望。勘が鋭い。「そんなまさか」とへらへら笑っている汐は危機意識が低い。
「俺はもう行くな」
「はい。えーっと」
汐は言いよどむ。
頑張ってくださいね、とでも言おうと思って、思い止まったのだろう。
汐はあまり頑張れと人に声をかけない。自分がそう言われるのが苦手だからだ。
苫は気にせずに汐に手を振ると、去っていく。
その後ろ姿を見ながら蠍は思った。
本当に、なんでよりによって隣に引っ越してくるんだ。お前は。
着いたのは汐の家から少し歩いた先にある公園の砂場だった。
『良いところってのは、ここか?』
まぁ、汐が幼稚なのは知っていたが。
しかし、汐は蠍を見て、
「サソリは砂漠に住んでるっていうから、好きかなーって思って」
『·······』
全てのサソリが砂漠に住んでいるわけではない。
汐はそっと蠍を砂の上に載せると、
「さあ、好きなだけ遊んでいいよ」
『遊ばねぇよ』