粉雪の舞うみち
夜明け前、高速道路トンネル手前の電光掲示にチェーン規制の文字を見て、この先に積もる雪の量を計り知る。
高速に乗る前のスタンドで、チェーンを嵌めておいて良かったと、道路状況予想の正解に酔い安堵する。
主要タイヤのみでも、雪の中で幾つも嵌めていれば、手だけでなく体の芯から凍えだすからだ。
路側帯で右タイヤのチェーンを嵌めるのに、車道へ身を出す危険と雪道運転の危険を天秤に掛けるのはどうかと思うが、高速の路側帯でチェーンを嵌める馬鹿を見る度に、そこで撥ねられる危険を考えろ! と思わずにはいられない。
この時期はスキーへ向かう車が増え、スタッドレスタイヤだからと無謀な運転をする馬鹿も多々見るが、学生がレンタカーで初めての雪道を同級生を数人乗せて走っているのも多く見る。
レンタカー屋も免許証の取得年から推測し、行き先を確認するなりで最初からチェーンを嵌めておいてやれば良いものを、大概はただの冬タイヤだ。
そんな学生レンタカーが電光掲示に怯え、高速の路側帯で解らないチェーンの嵌め方を巡り、ああでもないこうでもないと皆で試行錯誤に車道に身を出す。
それはPAかSAでやれ!
けれど気持ちは解る。電光掲示にチェーン規制の文字を見たそこに雪は無く、次のPAやSAやチェーン脱着場やが現れるよりも先に、雪の降り積もった道が唐突に現れる方が早く、焦りに運転の未熟さと不慣れに恐怖を感じてスグにでもと路側帯で始めてしまう。
しかも高速道路において雪道が現れるのは、得てしてあの有名な一説の通りに、トンネルを抜けるとそこは・・・と、突然の雪道になる事から焦る訳だ。
その手の事も解らない一般ドライバーが増えるシーズンに入った事を示すように、トンネルの出口近くにあるチェーン脱着場で、雪が降り積もる中を車外に出て奮闘する若者達を見て思い出していた。
凡そこのトンネルを出た直後のチェーン脱着場すらも見落とした連中が路側帯で始めてしまう訳だから、見落とす危険も多い連中だと判るだけに、いい加減、道路構造から何からを見直せとも言いたくもなる。
誰に向かって言ってる訳でもないこの思考は、ただただ見る物全てに何かを考え暇を潰し眠らぬようにと頭を巡らしているだけだ。
運転に集中しろ?
運転だけに集中したら事故が起きない、と思ってしまうその思考こそが事故を招くと理解出来るまでに、おそらくその思考の持ち主は事故を起こす事だろう。
レースと違い遊びが必要なのであって、ハンドルにも遊びがあるのが一般車であり、勿論このトレーラーのハンドルにも遊びがある。
こと雪道運転においては特に遊びが重要で、雪道だからと運転に集中とばかりに前のめりになる者がハンドルを握り締めるからこそスリップを引き起こす。
今、追い越した車が正にそれだ。
50キロ制限の中を40キロで走っても、高速道路という特殊な状況下では速度を緩めたら安全というものではない事をすら理解出来ていない事の証拠。
運転席が他より高いトレーラーだから他の車との速度差に気付き避けられたが、一般車の車高では今の車の速度の遅さに気付けるかどうか。
運転席の高さは先を見通し易くする利点が有り、急制動が効かない大型車のデメリットを補うものだ。
そお、例の路側帯でチェーンを嵌める馬鹿が今、800メートル程先に居るのを確認出来たのもそのお陰。
前を走る車は視えているのか判らないが、怪しい事に随分と左に寄っているのが気になる所。
500メートル程に迫ると、右タイヤのチェーンを着けているのか、車道に身を出ししゃがむ人らしき姿が見える。
次の瞬間、前の車に隠れ見えなくなった。
――DANN!DANN!DANN!――
何かの段差に乗り上げたような縦揺れと音に、嫌な予感しか浮かばない。
後方モニターをスグに確認すると、白黒モニターに何か黒い物の散乱を捉えた気がしたが、後輪タイヤが舞い上げた雪がスグにカメラの視界を覆い隠す。
ミラーで側面やフロントもチラチラと確認するが、何かに当たった痕跡は無い。
気になるとはいえ、雪の高速道路で緊急停止は死を招く。
落ち着いて位置を確認する為の目標物を確認する。
青看板が在った。
次のPAに入り車体を確認して、最悪はそこで通報だ。
先ずは自分を落ち着かせようと、何が起きたか記憶を辿る。
前の車との車間はかなり空けていた。
にも関わらず何故……
そうだ、前の車が急制動とは言えずも速度を落とし距離が詰まったのだろう。
けれどブレーキランプは点かなかった事からして、前の車と前の前の車との車間から考えるに、急に路側帯の車が視界に入り焦ってハンドルを切らなかったのも、ブレーキを踏まずもそこまでは良かったが、アクセルを離して速度を緩めたか?
それにしては現状、前の車は安定した走りをしていて車間も件の前同様に空いている。
だとすれば、このトレーラーが速度を上げた事になる。
そんな馬鹿な……
いや、あの遅い車をかわすのに追い越し車線から戻った直後なだけに、可能性は否めない。
待てよ!
前の車は左に寄っていたがコッチは避けようと最初から右寄りにいたのだから撥ねたとすれば前の二台のいずれかだ。
おそらくこのトレーラーが踏んだとすれば、その跳ねっ返りに違いない!
だとすれば、前の二台のいずれかも次のPAに入り確認するだろう。
よし、その後を追おう。
と、思った矢先に予想外の事が起きた。
前の二台が減速を始めた?
車間が詰まるのを避ける為に、コチラも減速をするが大型車が故に間に合わない。
――FAAAAAAAAAAA――
ホーンを鳴らし危険を伝えると、諦めに少し速度を上げる前の二台。
けれど速度計は40キロを指している。
後方モニターに後続車が近付いて来るのが視える。
追突の危険が迫っていた。
仕方なく追い越し車線へ出て二台をかわす、高い運転席が災いして二台のドライバーの顔も視認出来ず、ナンバープレートも舞い上がる雪が邪魔して見えなかった。
数台前へ出て空いた所に車線を戻す、雪道であまりしたくない行動に、やれやれ感が襲いため息も出る。
けれど脳裏には、何を撥ねたか判らずも、何に対するものなのか罪悪感が思考を覆う。
予定と逆でPAに先に入るのはこのトレーラーだ。
流れに任せ20キロメートル程走ったか、トイレと自販機だけと知る小さなPAの入り口が視えて来た。
分岐に備え後方モニターを確認したが特に問題は無い、一応までに左右のミラーを覗いたその瞬間!
「え、」
誰かが居た。
左のミラーに写り込む何者かが、コチラを覗いている。
走行中だ。前方確認をしないとならず、一瞬前を確認して再度左ミラーを確認するが・・・居ない。
「いけね!」
慌てて方向指示器を左に当てて運転に前を向くが気になって仕方ない、左ミラーを入り口カーブになぞってチラチラ視るが何も見えない。
チラチラ視る事に気が削がれ、減速も遅れ少し速度超過で入ったPAだが、なんとか大型車用の駐車スペースに滑り込むように無理矢理停めた。
大型車用の駐車スペースが空いていて助かった。
いや、安心するのはアレを確認してからだ!
エンジンを切り車から降りるのに、不安を感じて何か武器はないかと考えるが、思い返せば例の音。
「まさかな……」
跳ねっ返りが奇跡的にもトレーラーと牽引の連結部に上手く乗っかり助かったとか。
そんな期待を脳裏に描き、確認用のCOBライトを持って外に出ようとミラーを確認した。
「うおっ!」
居た。
何かがトレーラーの右脇に居る。
ドアのスグ近くまで迫っているのにエンジンを切ったせいで、灯りの少ない大型車用の駐車スペースでは暗くて顔まではハッキリとしない。
だがスグそこに居る。
慌ててドアをロックしてドアから少し離れ武器を手探りに求めるが、移動したせいでミラーに写る所が変わりさっきの人影が判らない。
ふと前を見ると、フロント硝子が真っ赤な・・・血飛沫!?
「ぅあぁ……」
いや、雪だ。
よく見れば、硝子に着いた雪が前方に駐めた車のブレーキランプに照らされて赤く見えただけだった。
少しホッとした直後
――KONKONN!――
ノック音にビクッと左のドア窓を見るが、何も居ない。
ノックをするなら・・・そお思ってドアに顔を近付けた瞬間!
「うぅわっ!」
坊主頭に眼鏡をかけた中年男の顔が現れ、ギョロ眼でコチラを睨み見て来る。
だが、慄いたのは一瞬だ。
この手の顔はガキの頃から散々相手にしてきて知っている、頭も性質も悪い三下奴の特攻タイプだ。
急に怖さも興醒めに、体の芯から怒りが込み上げる。
「何だテメーこの野郎! 勝手に人のトレーラー跨ってんじゃねえぞコラ!」
ついつい学生時代からの気質が表に出た。
「あ? ぁぁ、すんません」
最初の一手だけの妙な素直さこそ性質悪な三下奴の特徴でもあるが、こいつの態度がやけに強気なのは気になる・・・余程の後ろ盾がありそうだ。
「何の用だ?」
こちらも少し慎重にならざるを得ない。
よく見れば普段から車ばかりの生活で貧相な筋肉なのが判る動きと服に、力仕事でもない癖に血走る眼は碌な仕事じゃない事を物語る。
「わかんだろ?」
物の言い草からしてカタギ商売じゃない事だけを決定付ける。
「あ? おめーの事なんか知るかよ!」
あの時前を走ってた馬鹿ドライバーか?
凡その見当に、人を撥ねた所を見られたかどうかの確認か?
こいつ、逃げる気満々かよ!
いや、・・・・・なら、さっきの奴は何だ?
「すいません、こいつこの成りでまだ新米なもんで……」
急に背後の運転席側から声を上げ、話に割って入って来た男が三下奴と交代に、警察手帳らしき物を窓に出しながら運転席のドアを叩き、手すりを掴みコチラを見ていた。
一瞬しか見せないのは何処の警察でも同じなのか、それだけで警察と判断するにはとてもじゃないが子供でも疑うだろう年相応にない服装。
何処のチンピラか、と言わんばかりの金満ジャケットを羽織った50代程の男が、権力をかさに圧をかけてくる。
「悪いね、チョット車見せて貰ってただけだから!」
見て何を・・・まさか、罪を擦り付ける気か?
「何の嫌疑だよ?」
「いや、それはzsgvぁH¥だから、とりあえず安全運転でな!」
急にゴニョゴニョとした喋りでよく聴こえないまま降りた男は、運転席側に回ってきた三下奴とモゴモゴと話している。
キーを回し電源だけ入れ、少し窓を開けると男の声が聴こえてくる。
「液確認したのか?」
「反応出ました」
「ちっ、何キロ分だ?」
「末端で二億分相当には」
脳裏にアレしか浮かばない会話に、こちらが見ているのに気付いたか、50代が会釈をして誤魔化すので仕方無しに肯き返すが、車道に近いせいか窓を開けた音にも気付いていない……
「おまえ運転席確認したんだろ?」
「はい、それっぽいのは無かったです」
「ならもういい、行くぞ」
三下奴が確認していたのはドライブレコーダだろうか、あるにはあるが映ってはいないだろう。
「すいませんね! それじゃ!」
振り向き大きな声でこちらに言う50代に手を上げて見せると、前方に駐めた自分達の車に戻って行く。
奴等が乗り込んだのは、あの時前に居た車ではなく、色と車種からして路側帯に駐めていた車で間違いない。
そして、奴等は気付いてもいないのか二人で話し、知らないもう一人を連れて行った。
その一人がドアも開けずに車に乗り込んだのを見て、アレだと確信した。
奴等が走り去ってから少し気になり、COBライトで車両点検をしてトイレや珈琲やらと落ち着きを取り戻してから走り出したのだが、30キロメートルも走らぬ所で事故渋滞に巻き込まれた。
「うぅわぁぁぁ、こりゃ助からねえな・・・て、これ」
事故車両を横目に見て気付いたが、奴等が何をしたかまでは知る由もない。
だが人を殺めて尚、平然と悪事を行い隠して権力のかさで世を騙そうとも、魂の報いには抗えないのだと……
通り過ぎ際に、事故車両の脇で達成感に満ちた何かが笑っているのを見た気がした。
■あとがき
しいな ここみ様主催【冬のホラー】に参加した三作品は、三部作として一部の話が繋がっています。
また、ホラーではない別の作品ともコラボしている部分もあるので、そちらへのリンクも下のランキングタグ欄に貼って置きます。
ので ヘ( ̄ω ̄ヘ)〜
宜しければ、ご覧あそばせ〜♪