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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第一章 春、輝いて
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第9話 アルバイト先は

 ワンダーフォーゲル部は基本、週二回のミーティングがあり、月に一度か二度、山歩きを行なっていた。

 晴香が立ち上げた加速総合研究調査部、略称加総研は、とりあえずそちらと重ならないように週二回集まって、新入部員のために加速理論がなんたるものなのかというところから始めていた。

 そしてあのオカ研志望女子、菊池加奈子と、自らを被験体と自負している加藤典孝も日を追う毎に少しは加速理論について理解し始めて来たのだった。

 最初こそすぐに辞めさせてやると大志に宣言していた晴香だったが、新入部員の二人とも、やる気はどの程度なのか分からないものの、辞める気は全くなさそうなので諦めたようだった。

 そして、ズブの素人である二人を、少しは使い物になるようにしようと今日も晴香は奮闘していた。


「はい、では簡単な質問です。教授の理論では加速している人間は目視できる、できない、どっち?」

「はい!」


 可奈子が自身ありげに手を挙げた。


「はい、では菊池さん」

「見えない事はない」

「どういう意味よ。頑張ればなんとかなりそうっていう事?」


 予想通りの的外れな答に、晴香は渋い顔をしてもう一人の新入部員を指さした。


「加藤くんはどう?」

「見えないんじゃないでしょうか」


 やっとまともな答が聞けて、晴香と大志はうんうんと頷いた。


「僕の感覚では食べ初めは勢いあるんですけど、途中から疲れてペースが落ちてくるんです。ですのでペースが落ち出したら見えちゃうかもって思います。その辺りも改善しようと今、菊池さんと色々検討中です」

「なんで早食いの話題に入れ替わってんのよ!」


 どう考えてもこの二人は加速研究から道を外れているようだった。


「体力とか、根性とかの世界じゃないんだって。加速っていうのは人間があるきっかけで時間異常を起こし、通常の時間の流れを超えて行動出来るようになる事なの。入門編にも書いてあったでしょ」

「一応、ザッと読みましたけど、そんなこと書いてあったっけかな」

「ザッと読むんじゃなくて、もっとちゃんと読みなさいよ! もう頭に来た。いい、あんたたち来週の部活までに入門編を暗記してきなさい!」

「いやいや部長。あんな分厚い本、暗記出来る訳ないですよ」

「いいえ、やってもらいます。暗記してこなかったらクビだからね」


 猛烈に不機嫌な状態で今日も部活を終えた晴香だった。


「ったく、どいつもこいつも」

「イライラは良くないぞ。おおらかに構えて長い目で見てやろうよ」

「先輩はどっちの味方なのよ。オカルトの肩持つ気?」


 とばっちりを食いそうなので、大志も晴香の機嫌をとることにした。


「勿論、戸成の事を応援してるよ。なあ、帰りにちょっと甘いものでも食べて帰らないか? 俺が奢るよ」

「えっ? いいの?」

「ああ。だから機嫌直せよ」

「うん。もうあいつらの事は来週まで思い出さない。それでどこ連れてってくれるの?」

「大学前から出てるバスに乗って十分ほどの店だよ。実は俺、そこでバイトしてるんだ。今日は俺もお客さんとして戸成と行ってみようかなって思ってさ」

「やった。先輩のバイト先見られるんだ。飲食店でウエイターしてるって事?」

「いや、俺は厨房の中で手伝い。パフェとかの盛り付けとかやってるんだ」

「ホント? じゃあ先輩がバイトしている時に行ったら、大盛りにしてくれるって事?」

「な訳ないだろ。そんな事したら怒られちゃうよ」

「へへへ。やっぱりダメか」


 それから二人は、それほど混んでないバスに乗って大志のバイト先までやって来た。


「ここだよ」

「へえ。ちょっとかわいいお店だね」


 白壁と煉瓦作りの何となく欧風な建物は、一見すると洋菓子店の様だった。


「洋食のお店だけど、ケーキは美味しいって評判だよ。後でお勧め教えてやるよ」

「ホント? やった。久々のケーキだ」

「とりあえず入ろうか」


 店に入ろうとした大志の空いた手に、晴香は自分の手を滑り込ませた。


「これってデートなんだよね」

「ま、まあそうなのかな……」


 重厚な扉を開けて店内に入ると、晴香はいきなり見知った顔に出くわした。

 ワンダーフォーゲル部、副部長の坂井美里だった。

 美里はなんだか可愛いウェイトレス姿で、ニコニコしながら大志たちを迎えた。


「あら、今日はシフトじゃなかったんじゃない?」

「ええ、今日は戸成を連れてきたんです」


 大志は気付いていなかったが、晴香は美里の登場で猛烈に膨れていた。

 席に着いた大志にいきなり晴香が猛抗議した。


「何であの人と一緒にバイトしてるのよ!」

「え? いや、ここのバイト坂井先輩の紹介だし」

「いつからバイトしてるのよ!」

「ああ、丁度一年くらいかな」

「一年も二人でバイトしてたんだな!」


 運ばれてきた水をグイと行った後、晴香はまた大志を腹立たし気に睨みつけた。


「あの……注文しない?」

「するわよ! 先輩の奢りでいっぱい食べてやるんだから」

「怒るなよ。ただここでバイトしていただけだよ」

「どうせ一緒に来て、バイト終わったら一緒に帰ってたんでしょ。もう許せない!」

「いや、まあそうだけど、何にもないって。大体なんかあったら戸成をここに連れてきたりしないだろ」

「まあ、そうかもだけど……」


 ようやく晴香が少し落ち着いてきた時に坂井美里は注文を取りに来た。


「ねぇ。やっぱり戸成さんって丸井君の彼女なんでしょ。どう見てもデートって感じだよ」


 ちょっと好奇心混じりで訊いてきた美里に、大志は照れながら応えた。


「はい。彼女なんです。へへへへ」


 そのひと言で晴香はパッと顔を輝かせた。

 やや頬を紅くして大志を恥ずかしそうに見る。


「戸成、なにがいい? ケーキセットがお薦めだけど」

「うん。じゃあそれにしようかな」


 注文を終えて美里が戻って行くと、晴香は先ほどまでとは別人のようにしおらしくなっていた。


「彼女だって人前で初めて言ってくれたね」

「いや、まあ、事実そうだし……」

「そうだよ。私は先輩の彼女で、先輩は私の彼氏なんだよ」

「うん……でも言われてみると、なんだかすごい響きだな……」


 二人の間の空気がちょっとだけ変化した。

 それはこの少し甘い匂いのする店内の空気と同じかそれ以上か。

 じっと眼差しを向け続ける晴香の前で、やはり大志は今日も目を泳がせていた。


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