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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第一章 春、輝いて
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第7話 加速しているであろう人

 けだるげな昼食時、食堂に行こうとしていた大志は後ろから声を掛けられ振り向いた。


「副部長!」


 バタバタと慌ただしく大志に追いついてきたのは、あのオカ研志望の菊池可奈子だった。

 どういうわけか可奈子は晴香の腕を掴んで引っ張って来ていた。

 強引に連れて来られたのか、晴香はそれと分かるほど嫌そうな顔をしている。


「菊池さん? どうしたのそんなに慌てて」

「よくぞ聞いて下さいました」


 銀縁眼鏡の奥の目が爛々と輝いている。ちょっとアブナイやつの目だった。


「見つけましたよ。加速能力者」

「ええっ!」


 大志は飛び上がってうろたえた。まさか先日自慢していた心眼でとうとう見抜かれたのか。


「私の眼に狂いはありません。ささ、私に付いて来て下さいな」

「ついていくって、じゃあ加速能力者って」

「ええ、今食堂にいます。これから彼が加速するところを御覧にいれます」

「食堂にって……」


 自信満々で食堂に向かう可奈子に続いて、大志と晴香も渋々ついて行く。

 大志の正体が知られたのではなかったのは良かったのだが、どうもまたおかしな方向に行こうとしているのに違いなかった。


「さーお二人とも、ここからは気付かれないように気をつけて下さいね」

「気付かれない様にって誰に?」


 大志はコソコソと物陰に隠れようとする可奈子の行動に、まだ理解が追いつかない。晴香も大志と同じく険しい顔をしている。


「あれですよ。あれ。あそこの席で一人で定食を食べようとしている彼を見ててください」


 可奈子の指さす先には一人の学生が席に座っており、今から昼食をとろうとしていた。

 見たところ何の変哲もない印象だ。やや小柄な感じで頬にニキビ跡がある。なんとなく大人しめな短髪の男子に、当然ながら大志は取り立てて期待していなかった。


「さあ、ここからですよ」


 可奈子がそう言った後、三人に注目されているとは知らず、彼は食べ始めた。

 そして大志と晴香はその姿に息をのんだ。


「あ、あれは……」

「なんてこと……信じられない……」


 可奈子は銀縁眼鏡の奥で目を輝かせて、にんまりと笑った。


「どうです、私の心眼は。あれはどう見てもあれでしょ」


 三人の視線の先では、見た感じパッとしない学生が、すごい勢いで定食を食べていた。

 丸呑みしているのかというほど、定食は吸い込まれていくように学生の口の中に消えていく。

 人間掃除機かと大志は突っ込みたくなった。

 ものの数分で定食は学生に平らげられた。


「どうでしたか? 人間が加速するのを目にして」


 自信満々に可奈子は二人を振り返った。

 大志と晴香はそのいかれ具合に呆然としている。


「ただの早食いじゃない!」


 しばらくして晴香は猛烈に突っ込んだ。


「あれの何処が加速してるっていうのよ。確かに滅茶苦茶早かったけど全部見えてたじゃない。いい、加速っていうのはね、人間が認識できないくらい早く動けるって事なの。あんなの頑張ったら私でも勝てるかもじゃない!」


 頭ごなしに怒られて可奈子はシュンとしてしまった。


「あんたの心眼ってどうなってるのよ。ただ早食いで目立ってただけのやつをこれがそうですってよく言えたわね……」

「戸成、まあその辺で」


 気の毒になったのか大志は二人の間に割って入った。


「まあ、あれだよ。確かに尋常じゃない速さで食べてたし、菊池さんもそうかなって思っちゃったんだよ」


 庇ってくれる大志の陰に隠れるようにして、可奈子はウンウンと賛同した。その様子を見て、晴香はさらにムッとする。


「俺もそうだけど、戸成だってびっくりしただろ。確かにあんなに早食いのやつは初めて見た。ひょっとしたら能力が発現しかけているからあんなに早食いできるのかも知れないよ。ハハハハ」


 最後のはこの場の空気を良くするための冗談だった。

 しかし可奈子はそうと捉えなかった。


「ですよね。副部長のおっしゃるとおり、彼は今覚醒しかけてるんですよ。間違いないわ」

「え? いや、そういうつもりじゃ」

「しばらく彼に張り付いてみます。この件は私に一任して下さい。そのうちまたいい報告を致します」


 可奈子はまたニヤリと不気味な笑いを浮かべると、食事が終わって席を立った早食い君の後を追いかけて行った。


「先輩のせいだよ」

「すまん。かえって勢い付かせた」


 晴香の冷たい視線を受けて、大志は謝るしかなかった。



 そして翌日。


「お疲れさまでーす」


 ガラリと戸を引いて部室に入ってきた可奈子は何やら上機嫌だった。

 大志と晴香にまた嫌な予感が走る。


「部長、副部長、とうとうやりましたよ。これで加総研の研究は加速しますよ。加総研だけに」


 つまらない冗談の前置きの後、いかにも満を持してという感じで可奈子は背後を振り返った。


「さあ、入って来なさい。被検体君」

「ども、お邪魔します」


 おずおずと入室してきたのはあの早食い君だった。


「どゆこと?」


 晴香は険しい顔で一体どうなっているのかと考えている。

 大志も同じく腕を組んで首を傾げていた。


「まあ、こういうことです。つまり研究材料に入部してもらってじっくり研究したらいいんじゃないって思ったわけですよ」

「マジか!」


 大志は顔色を変えながら気味の悪い後輩に戦慄を覚え、それにノコノコついてきた早食い君の頭の中を疑った。


「さあ、挨拶しなさい。被検体君。こちらが加総研の部長と副部長よ」

「あ、ども。初めまして。理学部一年の加藤典孝かとうのりたかです」


 大志と晴香は一応自己紹介したものの、こんなんでいいのかと納得できていなかった。


「えっと、加藤君だったね。ほんとに加総研に入る気?」


 晴香は出来ればすぐに出て行って欲しい感を漂わせながら尋ねた。


「はい。こちらの菊池さんに、私についてくれば君のたぐい稀なる能力を覚醒させてやるって言われて了承しました。何でも僕は加速能力をもっているとかどうとか」


 晴香と大志はその場で頭を抱えた。


「いや、やめといた方がいいと思うよ。きっと君が思っている感じじゃないよ」


 流石に思いとどまるよう勧めた大志だったが、一体何を吹き込まれたのか、早食い君の意志は固かった。


「いえ、僕決めたんです。自分の可能性を信じてこの身を加総研に捧げると。僕の事は被検体Aとでも呼んでください」


 一体何をされたくて部室に現れたのか良く分からない早食い君。

 そして早食い君を被検体君といきなり実験動物っぽく呼んでいるオカ研志望女子。

 総毛だつ大志と晴香にはこの先の不安しかなかった。

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