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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第三章 世界の理
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第16話 加速する世界のその先へ

 大志は再び加速世界の中に入った。

 立ち上がった影山も同じ様に加速世界に入った。

 二人の加速能力者は向かい合い、最後の対決をしようとしていた。

 影山は中庭の中央にいる大志に向かってゆっくりと歩みを進める。


「最後まであの女に掻き回された。普通の人間のくせになんて奴だ」


 影山は静止した晴香を一瞥して、苦々し気にそう言った。


「戸成は特別製だ。俺達でも敵わない」


 大志は見事にピンチをひっくり返してみせた晴香に、心から敬意を払いつつ、本気でそう言葉に表した。

 静止した加速世界の中。

 こんな緊迫した場面でも、中庭から見える正方形の空は薄紫に染まっていて、ずっと見ていたくなるほど美しかった。


「なあ影山」

「なんだ丸井」

「もしかすると俺たちは、この力を持たなければ友達になれたのかも知れないな」

「どうかな。幼馴染であるのは事実だが」

「皮肉なもんだな……」


 そう言葉にしながら、大志には分かっていた。

 この古い幼馴染とは決して相容れない存在なのだということを。

 そしてどちらかがこの世界から去らねば、終りは来ないのだということを。


「じゃあ決着を付けようか」

「ああ、そうしよう」


 先に仕掛けたのは影山だった。

 先程の衝撃でダメージを受けている筈だったが、その動きはキレがあり、大志を的確に捉えた。

 右フックが大志のこめかみに迫る。

 大志は下がりながら左腕でガードした。

 折れたままの左腕はおかしな音を立てた。

 大志が表情を変えずにいたのを見て、影山は気が付いたようだ。


「そうか、おまえ暗示で苦痛を感じなくしているんだな」

「そう言うことだ」


 大志は一気に飛び出した。

 痛みは感じないが、体のあちこちが軋む感覚がある。


 影山の体にそのままタックルを仕掛けると、押し倒して上になった。

 影山は上になった大志の顔に拳を走らせる。

 大志はその腕を片手で防いで、喉元に腕を食い込ませた。

 そしてそのまま反動をつけて、影山の鼻面に向かって頭突きを食らわせた。


 ぐしゃり。


 額に鼻の骨が折れる感覚があり、影山の鼻は血まみれになった。

 影山は顔を庇いながら、足で大志の体を締め上げ、大志の腕の関節を取った。

 恐らく柔術の類の技なのだろう。

 極められそうになっている腕にもう一方の腕を添えて、大志は無理やり抜け出した。

 上体のバランスを崩した大志の体を、今度は影山が体を回して抑え込もうとした。

 大志は胴に絡みついてくる影山の脚を振り切って立ち上がると、一度間合いを取った。

 組み付いたとしても相手の脚に絡めとられ、態勢を入れ替えられる危険があった。

 今は影山の物となった那岐の様々な能力は底知れない。

 大志は体のあちこちが軋むような感覚を覚えながら、僅かしかないであろうチャンスを窺っていた。

 影山は鼻の周辺を血で真っ赤に染めながら、ゆらりと立ちあがった。


「よくもやってくれたな」


 苦痛に顔をしかめながら、怒りに憑りつかれた目を大志に向けた。

 影山は再び一気に間合いを詰めてきた。

 大志は腕を上げて影山の拳を警戒した。

 しかし飛んできたのは強烈な前蹴りだった。

 影山のつま先は大志の腹部に突き刺さった。

 痛みは暗示でブロックされていたが、大志の口の中に酸っぱい液体が込み上げて来た。

 大志は下がりながら、我慢できずにそれを吐き出す。

 影山はその間に大志の脚にローキックを飛ばして来た。


 バシッ!


 硬い骨が肉にぶつかる高い音が鳴った。

 大志はバランスを崩しながらも、必死で追撃を避けようとする。

 そして今度は拳が大志の脇腹を捉えた。

 殆どサンドバッグのように大志は影山の拳と蹴りを受け続けた。

 痛みをブロックしていなければとっくの昔に気を失っていただろう。

 致命傷を避けるために頭だけは攻撃を受けないよう、大志は耐え続けた。


「しぶといやつだ。いい加減諦めろ」


 影山はふらつく大志の喉を狙って跳びついて来た。

 大志はそれを狙っていた。

 飛び掛かって来た影山の下に、大志は自分から仰向けに倒れ込んだ。

 立っているのも苦しくなりだした大志が狙っていたのは巴投げだった。

 それは柔道の捨て身技だった。

 前方に体重を乗せてきた相手に合わせて、大志は自分の体を後方へ捨てた。

 そのまま片足を影山の下腹に当て、頭越しに投げを打った。

 不意を突かれた影山は大志の頭上を飛んで行き、おかしな角度で地面に落下した。

 大志はすかさず影山を締め落とそうと、体を起こして立ち上がった。

 一歩、二歩……。

 三歩目で大志は膝から崩れ落ちた。

 ダメージを受けすぎた大志の膝は、もう歩けないほどになっていたのだった。

 その間に影山は痛みをこらえながら立ちあがった。


「残念ながら奇跡は起きなかったみたいだな」


 影山は立ちあがろうともがく大志に近づき押し倒した。

 そのまま大志の首を締め上げる。

 見る見るうちに大志の顔が赤黒くなっていく。

 大志は段々視界が狭くなっていくのを感じた。

 その時、影山は締め上げる力を少し弱めた。


「おまえは殺さない。手足をもいで一生俺の充電に使わせてもらう」

「そんなこと、させない……」


 大志は必死に声を出した。


「さっき俺は言ったよな。お前の自由を奪って、あの生意気な娘を頂くって」

「や、め、ろ……」


 影山は血で汚れた顔に狂気を孕ませて、悪魔しか言いそうにない台詞を大志に吐いた。


「加速した状態であの女を犯してやる。いったいどうなるんだろうな」


 その言葉を聞いた瞬間、大志の頭の中でゴトリという音がした。

 加速世界に入る時に鳴る音が、加速世界にいる大志の頭の中に響いたのだった。

 キーンという音をさせていた耳鳴りがさらに鋭く高くなり、やがて消えた。

 それはまるで高速になり過ぎた音が超高速に変化して、感じる事すらできなくなったみたいだった。


「あばよ!」


 影山は大志に向かって拳を振り上げた。

 しかし大志の鼻面を砕いてやろうとした影山の拳は、大志には届かなかった。

 大志は影山の腕を片手で払いのけていた。

 そして影山の腕は途中から直角に曲がっていた。


「ギャー!」


 後について来た痛みと自分の腕を目の当たりにして、影山は叫び声を上げた。

 影山は大志に馬乗りになったまま腕を押さえて苦痛に耐えつつ、理解できない事態に狼狽していた。


「何をしやがった!」


 影山はもう片方の手を振り上げて拳を打ちおろした。

 そしてその腕もくの字に折れ曲がった。

 今度は全く大志の動きを、影山は視認できなかった。


「ぎゃああああ!」


 影山は大志から離れて地面をのたうち回った。

 大志はゆっくりと、うつろな目をしてもがくように立ちあがった。

 影山は地面に這いつくばったまま、大志に怒りの目を向けた。


「おまえ……俺に何をした……」


 大志は影山をうつろな目で見降ろした。

 そしてこう言った。


「おまえは俺の引金を引いた」


 影山は苦痛にもがきながら、あり得ないという表情を見せた。


「俺の最後の引金は、この加速世界でしか引けないものだった」


 大志は自分が今、加速世界の中でさらに加速し始めているのを感じていた。


「加速世界でしか発動しない、俺の最後の引金をお前は引いてしまった。恐らく俺はもう戻れない。分かるんだ。俺は今、この世界の理を跳び越えて行こうとしている」

「そんな、馬鹿な……」


 そう呟いた影山の目の前で、大志の姿が瞬間的に見えなくなり、また現れた。大志の体は不規則な間隔で消滅と出現を繰り返していた。

 苦痛に顔を歪めながら、信じられ無いものを前にして、影山は呆然としていた。

 大志は、必死で身を起こした影山の背後に突然現れ、そのまましっかりと組み付いた。


「なあ影山、俺たちの能力は人が扱っていいもんじゃない。そう思わないか」

「放せ。放してくれ」

「一緒に行こう。現在いまを跳び越えて、この世界から去るんだ」

「やめろ。頼む。やめてくれ」


 影山は折れた腕をなんとか必死に動かそうとした。

 しかし無駄だった。

 大志の視線の先には静止画のように動かない晴香の姿があった。

 大志はその姿を目に焼き付けるかのように、しばらく見つめていた。

 そして、目を細めて笑顔を見せた。

 

 ごめんな。


 そう大志の唇が動いた。


「さあ、時間が来たみたいだ」

「やめろ! やめろーーー!」


 影山の最後の叫びは突然途切れ、二人は加速世界から姿を消した。

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