第15話 最後の闘い
日の落ちかけた夕暮れ時。
大志と仁美、幸枝の三人はタクシーを飛ばして、かつて来たことのある教団の跡地までやって来た。
もう一年半ほどになるが、あれから教団はカルト認定されて解体され、この広い敷地と立派な施設は地方自治体によってどう使っていくか検討されている最中だった。
大志達は真っすぐに教団の一番大きな施設に向かい、そこで教団の残党による冷たい歓迎を受けた。
教団の信者と見られる男たちは、皆普通ではない雰囲気を纏っていた。
洗脳による精神支配で完全に操り人形にされている。そんな自分の意志を感じさせない目をしていた。
大志達はその場で両手を拘束されて、そのまま施設の中を通り、中庭まで連れて行かれた。
施設は正方形で、丁度カタカナのロの字のように、中心が中庭になっていた。
四方を建物に囲まれた庭園風の中庭は、中央に石畳の広場が設けられていて、そこに大志達は屈強な信者に拘束された状態で待たされていた。
大志たちには取り立てていいプランがあるわけではなかった。
晴香を助け出して大志が加速出来れば可能性はある。
しかしそれが叶わなければ影山に殺されるだろう。
大志の後ろで拘束されている、仁美と幸枝は明らかに怯えていた。
それでも大志についていくと、二人は譲らなかった。
特に根拠があるわけでは無い。だが大志にはこのメンバーが集まったなら、何かしらの奇跡が起こるのではないかと感じていた。
「良く来たな、丸井」
影山は遅れて中庭に現れ、仁美と幸枝を見て口元を少し吊り上げた。
「逃げずに来たか。もう一人も」
「二人はどこだ」
「まあ慌てるな。今連れてくる」
歩実が先に男に連れられてやって来た。
かなり殴られたような跡がある。
「歩実!」
仁美は歩実の痛々しい姿を見て叫んだ。
「俺はやめろと言ったんだが、痛めつけられた奴らが仕返しをしたみたいだ。まあ仕方ないだろ」
「あんた、絶対許さない……」
仁美は怒りをむき出しにして影山を睨みつけた。
そして遅れて男が晴香を連れて来た。
その姿を見て大志は怒りに震えた。
晴香は下着だけにされて腕を拘束され、さるぐつわを嵌められていた。
「おまえ……戸成に何をした……」
「まだなにも。見張りに嚙みついて逃げようとしたんで服を脱がしたんだ。こうしとけば逃走しにくいだろ」
影山は晴香の近くまで寄っていくと、大志の方を見ていやらしい笑いを浮かべた。
「お前を料理してから、あとでこいつとはゆっくり愉しむつもりだ」
「戸成を放せ!」
「おいおい、立場をわきまえろよ。お前を含めてこいつらみんないつだって始末できるんだぜ。だけどお前にはまだ使い道がある。時間異常を抱えているお前はいわば充電器みたいなもんだからな。あの時死んでいなくって感謝しているよ」
「お前の狙いは俺だけだろ。みんなを解放しろ」
「馬鹿言うなよ。俺がそんなことするはずないだろ。そうだな、お前の手足をもいで芋虫みたいにした後で、この生意気な女が俺の女になるところをたっぷり見せてやろうか」
「やめろ。戸成に手を出したら殺す」
「どうやって? お前は今も手も足も出ないだろ。おれはこうやって……」
影山は大志を横目に見ながら下着姿の晴香の胸に手を伸ばした。
「好きなように出来るんだぜ……」
影山の手が晴香の乳房に届きかけたその瞬間だった。
ゴスッ!
「ギャー!」
晴香がスキを見せた影山の股間を、思い切り蹴り上げていた。
影山の悲鳴が中庭に響き渡る中、すかさず晴香は後ろで押さえつけていた男の鼻面に、反動を乗せた後頭部をお見舞いしていた。
グシャ!
「ぐうう!」
その時、大志の背後から幸枝の気合の入った掛け声が聴こえて来た。
「おりゃー!」
「ギャー!」
大志の体を押さえつけていた男の手が緩んだ。
大志には見えていなかったが、恐らく幸枝は前で大志を押さえていた男の股間を後ろから蹴り上げたのだろう。
大志は振り返って、しゃがみこんだ男の耳から耳栓を外した。
そして間髪入れず、仁美は暗示をかけた。
「私たちを自由にしなさい!」
大志を捕らえていた男は幸枝を拘束していた男に掴みかかった。
そのどさくさで、幸枝は晴香に向かって走り出した。
晴香は悶絶している影山の股間に、間をあけず、もう一蹴りを叩き込む。
「おおおお……」
影山はあまりの苦痛で加速の引き金を引けないみたいだ。
大志は仁美を抑え込もうとしている男に組み付いて、喉を締め上げた。
周りを取り囲んでいた十人ほどいる男たちが幸枝を止めようとしたが、晴香も幸枝に向かって駆け出したので僅かに二人の方が早かった。
幸枝が晴香の猿ぐつわに手をかけた。
そしてあのよく通る声が、夕闇迫るマゼンタの空に広がった。
「加速して!」
竜巻が起こった。
幸枝と晴香に群がろうとしていた男たちは、一瞬で壁まで吹き飛ばされていった。
大志達を押さえつけていた三人も、同様に壁まで飛んで行った。
そして影山も見事に吹き飛ばされた。
「大丈夫か!」
大志は一瞬で晴香の目の前に現れた。
晴香は気が付くと大志の着ていた長袖のシャツを羽織っていた。
加速している状態で着せてくれたのだと分かった。
大志は黒い半そでのTシャツ姿になっていた。
そして全員の拘束具が外されて、歩実も自由になっていた。
「先輩の意識が戻って良かった。怪我の方は大丈夫?」
「ああ心配かけたな」
大志は涙を流す晴香の頭を優しく撫でた。
そして壁に叩きつけた影山が起き上がろうとしているのに目を向けた。
「戸成。あいつとカタをつけてくる。もう一度引き金を引いてくれないか」
「うん。絶対に戻って来てね」
「ああ、約束するよ」
そして再び晴香は大志の引き金を引いた。
「加速して!」
頭の中でゴトリという音がした。
きっとそれは何か歯車が噛み合ったような音なのだろう。
鋭いキーンという音と共に、大志は再び加速世界に足を踏み入れた。




