第5話 オカ研女子の特技
オカ研志望の女の子の名前は菊池可奈子といった。
晴香と同じ一回生で、理学部だった。
部活が本科的に始まったらまた来ますといい残して帰って行ったものの、本当に入部しそうな雰囲気だった。
あとから来た教授に入部希望者が現れたと報告したところ、目頭を押さえて感動していた。
「なんと、また私の理論に共感する仲間が増えたとは」
幸福感に浸っている教授に水を差したくなかったので、オカ研の代わりだというのは黙っておいた。
「しかし、大丈夫か? あの子ちょっとやばそうな匂いがするんだけど」
「部長は私です。あの子がオカルト研究したくても私がさせません。加速研究一本で行きます」
「まあ、その辺は戸成に任せるよ」
おかしな方向に関心があるこじらせ女子の登場に、大志はあまり首を突っ込まない方が得策だと考えた。
晴香だけでも大変なのに、さらに強烈な個性の部員が加わる事に先行き不安な大志だった。
こうして加総研は華々しく? スタートを切った。
部活開始の連絡をすると、結構ノリノリで菊池可奈子は部室に現れた。
やっぱり来たかと晴香はチッと舌打ちした後、気を取り直して咳ばらいを一つした。
「さて、新入部員も入部した事ですし、ではご挨拶から始めましょう。部長の戸成晴香です。そしてこちらが副部長の丸井大志。今日からこちらの顧問である篠田教授の元、加速総合研究調査部、略称、加総研は始動いたします」
「おおお、とうとうこの日が来たか」
教授はまた泣いていた。
最近教授は加総研に顔を出すたびに号泣している。
「では、篠田教授。新しいこの部に何か一言」
「あ、ああ、そうだね。ちょっと待ってくれたまえ」
ズルズル言わしていた鼻をかんで、教授は三人の前で熱い思いを語り始めた。
「加総研顧問の篠田小五郎です。思い返せば三年前、私の著書である加速理論入門編の記念イベントに、丸井君と戸成さんが来てくれた事がきっかけでした。そしてこの度、加速理論を探求するお二人と私が、またこうして大学で再会し、さらなる深みを求めて新しい部活を立ち上げるまでに至りました」
教授は感極まったのか言葉を詰まらせた。
「そしてこうして加速総合研究調査部は始動し、さらには新入部員までこうして参加してくれたわけであります」
大志と晴香は教授の熱い語り口を真面目に聞き、オカ研女子の菊池加奈子はどう見ても聞き流していた。
「君たちの大学在学中に、この部でアッと世間を驚かせるような発見をしようじゃないか。熱い君たちと私が力を合わせれば、何か起こりそうな気がするんだ」
教授の熱意は相当なものだった。
「とにかく。頑張って行こう。では皆さんよろしくお願いします」
興奮気味で話し終えた教授の後に、晴香と大志は簡単に自己紹介をした。
そして、オカ研からこちらに乗り換えた新入部員が挨拶をする番がやって来た。
「えっと、理学部一回生の菊池可奈子です。九州福岡出身で、趣味は映画鑑賞です。主にSFものと国産ホラーを観ています、大体週末は独りDVDで盛り上がってます」
独りDVDって盛り上がるのか?
大志はスラスラとプロフィールを並べ始めた銀縁眼鏡に、心の中で突っ込んだ。
「今おっしゃっていた加速理論については、勉強不足でいまいち分かっていませんが。おいおい皆さんに追いつきたいと思っています」
そろそろ終わりかと思ったら、可奈子の話はまだ終わっていなかった。
「実は私、ちょっとした特技があるんです」
可奈子は猫背の背中を少し伸ばして、誇らしげに自分の特技を口にした。
「私、人を見抜く力が有るんです。その人がどんな人かとか、なんとなく分かっちゃうんです」
「ほう。それは面白い特技だね」
にこやかに篠田教授はそう返した。
「はい。だから私、この部に貢献できると思うんです。この部って人間が加速する可能性を探求するのがテーマでしたよね」
「まあ、そうだけど」
晴香は何を言いたいのか要領を得ない可奈子にイライラし始めた。
「そこの所でお役に立ちます。私がいれば研究対象となる加速できる人をこの鋭い心眼で見分けられると思います。見つけたら報告しますんで、まあ見てて下さいよ」
ちょっと自信ありげに言い切った可奈子に、三人とも唖然としていた。
「いや、ムリでしょ。そんなの見つけられる心眼があるんなら、それ自体がすごい事じゃない。週末DVD観賞してないで世のためその能力を使うべきよ」
「まあ、趣味は趣味。部活は部活ですよ。あ、試しにお二人を私の心眼で見て差し上げます」
可奈子は眼鏡の奥のもともと細い目をさらに細くして、まず大志からジロジロ見始めた。
もし彼女の言う心眼が本当なら、いきなり加速能力者を見つけてしまうわけだ。
まさかとは思ったが、大志はなるべく目を合わさないようにやり過ごす。
「はい。分かりました」
「もう?」
「はい。分かり易かったです」
「それで、何が分かったの?」
勿論晴香も鵜吞みにしているわけではないだろうが、やや緊張気味に可奈子が次に何を言うのかを見守っている。
「私の見立てでは副部長は女に弱いタイプです」
スパッとそう見立てられて、大志は安心しつつもそのとおりだと納得した。
「ね。当たってるでしょ。では次は部長を……」
これで凡人だと証明された。まだやるんかいと、イライラし始めている晴香を可奈子はじっと眺める。
「はい。分かりました」
「で、何なのよ」
「部長は、短気で突っ走るタイプ。当たってるでしょ?」
「そんなもん見たまんま言ってるだけじゃない!」
「あ、やっぱり短気だ。私って冴えてる」
苛立つ晴香を尻目に可奈子は得意げになっていた。
まず間違いなく、このオカルトおたく女子は人を見抜けている訳ではない。
ただ、見た目の雰囲気で当てにいっているだけの人なのだろうが、厄介な人物である事だけはこの時に確信したのだった。